同性愛への注目を取り入れた「指」

昭和44年(1969)に発表された「指」もまた、女性の性欲と時代の関係性を色濃く写しだした短編である。

仕事帰りに夜の喫茶店で知り合った、バー勤めの26歳の弓子と、35歳の銀座のバーの美人ママ・恒子。その後、恒子が弓子を自分のマンションに連れていき、「今夜、泊ってゆかない?」と、弓子を誘う。

ベッドに並んで横になった二人。やがて恒子の足先が弓子の脚の上に乗ると、二人はそのまま「行為」へと入っていく。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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初めてこのシーンを読んだ時は、「清張さん、そちらの方面まで!」と驚いたものだった。男女の性について書くことに躊躇しない清張ではあるが、同性同士、それも女同士の性愛についても書いていたとは、何という守備範囲の広さなのか、と。

しかしさらに読み進めていくと、謎が解ける。弓子はその後、恒子との肉体関係を続けていくものの、やがて男性と結婚。恒子との過去が夫にばれないようにと、ある犯罪に手を染めてしまう。

捜査を進める警察は、弓子が頻繁に恒子のマンションへ泊まりに行っていたという情報をキャッチ。

「近ごろの雑誌小説にその種のものが多いことからも見当がつく」

ということで、二人は「猥褻な」関係にあった、と判断するのだ。

当時、「その種の小説」つまりはレズビアンものの小説が、戸川昌子や梶山季之といった売れっ子の作家たちによって、しばしば発表されていた。清張はそれらの小説を読むことによって、レズビアンに注目が集まっていることを知ったのだろう。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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小説だけではない。1960年代には「婦人公論」でもしばしばセックス関連の特集が組まれているが、そこではレズビアンについて言及されることもあった。たとえば昭和44年(1969)四月号の「変革期の性」という特集の中には、「大人のためのレスビアニズム(原文ママ)」との寄稿が。

レズビアンの作品も書いた作家の青柳友子によるこの文章は、一言で言うなら「レズ行為のすすめ」。大人の女を満足させることができる男など、存在しない。だったら女同士で愉しもうではないか。女との行為は、男とのそれよりもずっと素晴らしいのだから……と、この記事にはある。

まずは男を体験し、男の退屈さがわかったら是非、レズの世界へ。そのためには、早めに結婚・出産を済ませ、まだ美しいうちにこちらの世界へ来ればいい、とも書かれているこの文章を読んで理解できるのは、筆者が誘うのは、精神的な部分でのレズビアンの世界と言うより、レズビアンの肉体的な「行為」なのだ、ということ。

昭和45年(1970)に創刊した女性誌「an・an」でも、昭和46年(1971)一月二十日号に、

「ことしはレズビアンを体験してみることに決めました」
 
という、読者を気軽にレズビアンへと誘う特集が組まれている。

既成概念にとらわれずタブーに挑戦、といったヒッピームーブメントの影響を感じさせる初期「an・an」ならではの特集だが、この「体験」という言葉から見ても、レズビアンを「行為」として捉えている感覚を見てとることができよう。

文/酒井順子

『松本清張の女たち』(新潮社)
酒井 順子
松本清張の女たち
2025/6/26
1,870円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4103985112
衰えぬ人気の陰に「女」あり。新たな切り口で読み解く「令和の松本清張」。
雑誌の個性に合わせて作品を書き分けた松本清張が、アウェイの女性誌で書いた小説群に着目。そこに登場する女性主人公たちを、お嬢さん探偵、黒と白の「オールドミス」、母の不貞、不倫の機会均等といったキーワードを軸に考察し、昭和に生きた女たちの変遷を映し出すと同時に、読者の欲望に応え続けた作家の内面に迫る。
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