女の体を吹き抜けた一陣の「突風」
読者の欲望に敏感な清張の筆もまた、セックスブームをしっかりと捉えた。たとえば、昭和36年(1961)から「婦人公論」にて始まった連作短編の一つである「突風」。
主人公は、平凡な主婦・明子。40歳を過ぎた夫が、20代の水商売の女と浮気をしていることを知って、穏やかな日々がかき乱される。
明子が女のアパートへ行ってみると相手は留守で、ヒモの若い男がいるだけ。二度目にアパートを訪れると男は、
「奥さんのような女性がいっしょにいてくれたら、どんなに仕合せか分らないと思っています」
と告白めいたことを言い始め、その瞬間に明子は、身体に突風が吹きつけてきたような衝撃を受けるのだった。
それというのも明子は、独身時代に全く男性経験を持っておらず、見合いで結婚した夫しか異性を知らない。そんなおぼこい奥さんがいきなり、若い男から告白めいたことを言われ、「思わず顔が赧(あか)くなり、胸の中が震え出した」のだ。
結局明子は、「いけませんわ」などと言いつつも、自分の夫の愛人のヒモと、「して」しまう……。
やがて、夫と愛人の関係は解消された。その後は、夫の女性問題で悩んでいる友人に対して、
「気長に黙って待ってらっしゃれば、必ず御主人は奥さまのところにお戻りになりますわ……旦那さまの浮気なんて、家庭の突風みたいなものですわ。少し待っていればおさまります」
と、余裕を見せつつアドバイスをするようになった明子。
彼女は、自分の中で吹いた「突風」の感触を、死ぬまで反芻しながら生きていくのだろう、と思わせるラストなのであり、「婦人公論」の読者もまた、突風を感じながら読んだに違いない。
同時期の「婦人公論」には、「中年女性の愛の渇き」といった記事を見ることができる。女性の性欲は中年期から開花するのに対して、男性の性欲はその頃から衰えていくということで、女性側の欲求不満、今風に言うならセックスレス問題が、この頃から取り沙汰されていたのだ。
「突風」はまさに、清張がそんな時代の空気を摑んでいたからこそ書くことができた小説だった。