「男の人はキモい」って言っていたのは何だったの……?

そう思ったのは、4回目の接見の時だ。4日前の3回目の接見時と比べるとだいぶ落ち着いた様子だった渡邊被告に、コレコレ氏に取材したことを報告し、前回の接見で聞きそびれてしまった「りりちゃんには男性に対する嫌悪があるのでは?」というコレコレ氏の推測について訊ねた。

すると、彼女は笑顔で、こう言うのだ。

「そういうのはありませんよ~」

また、コレコレ氏が明かした「男性になりたい」という発言の真意を聞くと、こう解説した。

「ホストと一緒にいると、自分が女のコである限りは同等になれないんです。私は、男性が嫌いとか、憎いとかそういうのではなく、ホストの男の人たちの〝仲間〟になりたかったんです。

ホストの人たちって、先輩後輩の絆が強くって、開店前はやれミーティング、閉店後もミーティング、ミーティングで、一緒にいても『先輩を超えたい』とか『あの人はすごい』とかそんなのばっかり。私も、一緒に同じ光景を見て、並んで、同じ世界にいたかった。だから男の人になりたかった」

彼女のやっていたことの根底には男性嫌悪や、男性に対する「復讐」という部分があるのではとうっすら考えていた私にとっては意外な答えだった。彼女の「男になりたい」は「憧れ」と同義だったのだ。

私の取材してきたホス狂いの女性たちは、叶わないと思いながらも、担当と交際して「本カノ」となり、最後には「結婚」というゴールを夢見る。口では「カレを応援したいから」「担当ホストは推しだから」と言いながらも、よくよく話を聞いていくと「付き合いたい」という気持ちがあったり、最後には「結婚したい」という願望を口にする。

しかし渡邊被告は「そういうのは一切なく、恋愛感情もゼロ。というかこれまでの人生で恋人自体、いたことがありません!」と言い切り、「あっ!」と思い出したように、こう言葉を重ねた。

「取り調べていた50代のおじさんの刑事さんからは、『真衣ちゃん、あゆ君の取り調べ行ってきたよ。あゆ君は真衣ちゃんにぞっこんだね』と言われました! 歩さんが留置所で夢中で読んでる本の内容が、『少年少女がいて、お互いに好き合っているのに、少女のほうは新しい世界を見つけ、少年のもとを去っていく』とかで。歩さんは、その女のコに置いていかれる少年に自分を重ねているんじゃないかって!」

写真はイメージです 写真/Shutterstock
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私の中で芽生えていた渡邊被告に対しての〝あれ? 以前にあれほど深刻そうに「男の人はキモい」って言っていたのは何だったの……?〟という違和感は、すぐに〝刑事の取り調べで、そんなに近い距離感でフランクに話をすることはあるのだろうか……!?〟という衝撃で塗りつぶされ、思わず「取り調べでそんな話をするんですか!?」と驚きのあまり前のめりになって尋ねた。

そんな私を見て、彼女は目をキラリとさせ、どこか満足そうな笑みを浮かべた。

そんなふうにこちらが少しでも興味を持ちそうな内容を、彼女は自分の体験の中から探し出し、意図的なのか、そうでないのかはわからないが、コミュニケーションを取ろうとするのだ。

渇愛: 頂き女子りりちゃん
宇都宮 直子
渇愛: 頂き女子りりちゃん
2025/7/10
1,870円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4093898119

「頂き女子」に迫った衝撃ノンフィクション

複数の男性から総額約1億5千万円を騙し取った上、そのマニュアルを販売し逮捕された「頂き女子りりちゃん」に迫った本作に大絶賛の声続々!

◎町田そのこさん
彼女が奪う側に戻らない道を考える。読んでいるときも、読み終えたいまも。

◎橘玲さん
すべてウソで塗り固められた詐欺師
家族や社会から傷つけられた犠牲者
彼女はいったい何者なのか?


―選考委員激賞!第31回小学館ノンフィクション大賞受賞作―

◎酒井順子さん
りりちゃんの孤独、そして騙された男性の孤独に迫るうちに、著者もりりちゃんに惹かれて行く様子がスリリング。都会の孤独や過剰な推し活、犯罪が持つ吸引力など、現代ならではの問題がテーマが浮かび上がって来る。
◎森健さん
今日的なテーマと高い熱量。とくに拘置所のある名古屋に部屋を借りてまで被告人への面会取材を重ねる熱量は異様。作品としての力がある。
◎河合香織さん
書き手の冷静な視点とパッションの両者がある。渡邊被告がなぜ”りりちゃん”になったかに迫るうちに著者自身もまた、”りりちゃん”という沼に陥り、客観的な視点を失っていく心の軌跡が描かれているのが興味深い。

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