拡張熟議の限界
テクノクラートたちは、AIは人間の意図や解釈を経由せずあくまで計算から導き出された予測に従う、そのため中立的だと喧伝する。
しかし膨大なデータを処理する機械に私たちが従うとき、私たちは人間を超えた機械に支配されているのではなく、人間が過去に設定した隠された仮説に支配されているだけなのだ。
データの相関関係から導出された予測とは、あくまで数学によって物質的世界から抽象されたものにすぎない。現実からの抽象はけっして中立的なものではなく、抽象されたものそれ自体が現実に取って代わるわけではない。
たとえばプログラミングの選択、データの選定、機能の測定基準には先入観や偏見が組み込まれている。地図が土地そのものではないことと同様に、アルゴリズムは何らかの選択の結果なのである。
また、大規模言語モデルは指示に盲目的に従うため、検閲などに悪用されるリスクが懸念されている*5。
そのため大規模言語モデルがデジタル民主主義にとって適切なツールとなるためには、ある出力が適切か不適切か、そして多様な観点を反映した合理的な応答が提供できているか、人間が監査し調整する必要がある。
熟議は、分裂を克服して真の「共通の意思」に到達するのに役立つのだ、と理想化されることがある。しかし多元的な宇宙において、人々はそれぞれ自分なりの価値観を持っている。これまで紹介したツールを駆使したとしても、完璧な合意を目指そうとすると時間がいくらあっても足りないだろう。
そのためオードリー・タンは、「グッド・イナフ(good enough)」のコンセンサスを持つことを強調する。完全ではないけれど、「そこまで合意を得られたのなら、前に進めていい」という意味である*6。
そして、大まかな合意への到達は重要だが、お互いの相違や対立を生産的に再生してダイナミズムを促進することも重要である。完全に秩序づけられた静的な宇宙では新しいものが生まれないからだ。
したがって、熟議と他のコミュニケーション様式とのバランスにおいては、紛争の解決や緩和と同じくらい、生産的な差異の刺激にも注意を払う必要があるだろう。デジタル民主主義は、カオスと固定的な秩序の間の狭い回廊を歩いていかなくてはならないのだ。
脚注
*1 Colin Megill, “pol.is in Taiwan,” pol.is blog, May 25, 2016. https://blog.pol.is/pol-is-in-taiwan-da7570d372b5
*2 Yu-Tang Hsiao, Shu-Yang Lin, Audrey Tang, Darshana Narayanan, and Claudina Sarahe, “vTaiwan: An Empirical Study of Open Consultation Process in Taiwan,” SocArXiv papers, Center for Open Science, Jul 4, 2018. https://osf.io/preprints/socarxiv/xyhft
*3 以下の記述は次の藤田直哉へのインタビューを参照。「SNSの文化戦争 二項対立の『脱構築』試み、陰謀論・デマに対抗を」、「朝日新聞」2024年7月31日。
*4 豆泥「初探Polis 2.0:邁向關鍵評論網絡」2023年8月22日。https://matters.town/a/sxvszkiidvhz
またオードリー・タンの次のインタビューも参照。Audrey Tang, “Conversation with Yasmin Green and Örkesh Dölet,” Ministry of Digital Affairs, Oct 18, 2023. https://moda.gov.tw/en/press/background-information/8655
*5 David Glukhov, Ilia Shumailov, Yarin Gal, Nicolas Papernot, Vardan Papyan, “LLM Censorship: A Machine Learning Challenge or a Computer Security Problem?” arXiv, 2023.
*6 オードリー・タン述『オードリー・タンが語るデジタル民主主義』前掲、185頁。
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