今、私たちは新しい服が欲しいのか?

栗野 ファッションの現在地とは極論を言えば資 本主義消費社会におけるある種の脅迫、つまり「新しいものを買いなさい、古いものはカッコ悪い」という無言の圧力の結果のように直近は思います。

僕が子どもの頃は家電も20年使えて当たり前だったのに、今は5年や10年使えればいいほう。服も同じです。買い替え前提で作ったり、売られたりしていて、特にファストファッションが登場してからは、さらにその傾向が強まりました。

しかし生活者側では最近はメルカリなどリセールのサービスも使いこなしながら、買いっぱなしでなく買ったあとで売れるかどうか、自分のワードローブを循環させることに目が向けられるようにもなってきました。

ヴィンテージショップも店ごとによくキュレーションされていますし、古着によって自分のスタイルを構築する、それもまたひとつのエディトリアル活動と言えるのではないでしょうか。

龍淵 海外のZ世代のセレブリティたちにも、あえて20年前のデザイナーズヴィンテージを着ることがおしゃれ、みたいな現象も出てきています。資本主義も限界を迎えていて、買い物することが以前のように素敵なことではなくなってきている。

新品の購入にこだわらず、自分のセンスに合ったものを選ぶのが上級の消費者というか、ファッションの上級者なんだろうな、と感じます。

龍淵絵美(たつぶち えみ)ファッション・ディレクター。立教大学経済学部卒業。モード誌のエディターとして出版社勤務を経てフリーランスに。現在はブランド・ディレクション業でも活躍。15歳、12歳の娘を持つ母。著者30年の編集者人生を振り返ったエッセイ、龍淵絵美著『ファッションエディターだって風呂に入りたくない夜もある』(集英社インターナショナル)
龍淵絵美(たつぶち えみ)ファッション・ディレクター。立教大学経済学部卒業。モード誌のエディターとして出版社勤務を経てフリーランスに。現在はブランド・ディレクション業でも活躍。15歳、12歳の娘を持つ母。著者30年の編集者人生を振り返ったエッセイ、龍淵絵美著『ファッションエディターだって風呂に入りたくない夜もある』(集英社インターナショナル)

栗野 生活者、消費者は賢くなってきていて、セレブリティがブランドの新作を着ていても「PRだよね」とすぐバレてしまう。

龍淵 今はラグジュアリーの定義も変わってきて、高価なブランド物を買うことではなく体験重視。たくさん物を持つことが豊かさでありおしゃれな時代は終わりました。

ヴィンテージを探しに行って、そこにしかない自分のための一点に出会う、そうした体験こそがスペシャルなものになる。私自身も流行っているからといって飛びつくことはなくなっていますね。以前はトレンドを焚きつけるのが仕事だったのに(笑)。

栗野 ファッションに携わる人たちの意識も変わりつつある、ということなのかもしれませんね。龍淵さんの本のタイトルも『ファッションエディターだって風呂に入りたくない夜もある』だし(笑)。

龍淵 海外ではファッション誌の傾向も変わってきていて、フランス版の『ELLE』などは政治とか社会的な記事が目立ち、消費よりはむしろ思考を促すコンテンツが増えています。

平芳 大学でファッション文化論を受講する学生たちも、トレンドに興味があるというよりはその背景に関心があるようですね。

私たちのように若い頃にSNSがなかった世代は、流行を知るために雑誌の最新号を心待ちにしていましたが、今の若い人たちはデジタルネイティブ世代で、いつでもどこでもスマホで流行情報を即座に入手できる。

海外の情報へも瞬時にアクセスできるという環境にいるからか、ファッションで差別化したいとか自分だけ突出したいという意識も希薄な気がします。