父親であり、社会的には兄に
「父も経験があるようなんです……。他人に言う話ではないが、別におかしいことじゃないって……」
やはり、世代間で連鎖している問題なのだ。悠馬は母と性交したことについて、父に罪悪感は抱かないのだろうか。
「いいえ。むしろ、母と仲良くするのは悪いことではないし……。父に秘密にしなければならないとは思っていませんでした。万引きしたことだけは、今でも秘密にしていますが……」
「悠馬さんにとって、お父さんを裏切るとはどういうことを指しますか?」
「医者にならないことです」
悠馬は迷わず即答した。つまり、佐々木家では妻は息子を産み、そして医師にする道具であり、その役割を担ってさえいればいいというわけだ。
父親は、子どもがもし男子であれば、悠馬の弟として育てるという。法律上は、あくまで嫡出「推定」であり、婚姻中にできた子は配偶者の子となる。
恵理子は無事に、男の子を出産した。
子どもが生まれると、夫は喜んで父親の役割を果たすようになり、恵理子にとって、悠馬が生まれた時のような輝かしい日々が戻ってきた。再び子育てができるようになった恵理子は、悠馬に干渉する暇などない様子だった。
「ずっと2人目が欲しかったけど、悠馬に手がかかったし、体調も悪くて……」
恵理子の説明を怪しむ親族はいなかったという。事実を知っているのは家族と私だけだ。
「『弟』の人生に責任は持ちます。とんでもない家族ですが先生、どうか、僕たちを見捨てないで下さい……」
悠馬は密かに父親であり、社会的には兄になっていた。
「私の知り合いでも20歳離れた兄弟っているんですよ、もしかして、あの方々も私と同じなのかなって……」
恵理子の言葉に、私は思わずそんなはずはない……と言いかけたが、実際、起こるはずがないと思っていたことが目の前で起きている。世の中、何があるかはわからない。