エコーチェンバー

 昔だったらラジオとかテレビで同じものを見ていたと思うのですが、今は情報は大量にあるけれど、みんなバラバラなものを見ている。そういった状況で何が起こるかというと、「エコーチェンバー」という現象が起きています。

「自分と同じような意見に囲まれる」みたいな似たような概念でフィルターバブルというのがありますが、フィルターバブルは自分以外の意見が見えない状態。だからエビデンスを示したり論理的に説得すると、「そうか自分は間違っていたんだ」となる可能性がありますが、エコーチェンバーは、自分とは違う意見がすごく歪んだ形で入ってくるんです。「あいつは反日だから話を聞かなくていい」というように。そうすると「自分が間違っていた」と気づく機会がどんどん減っていきます。

SNSを使っているとエコーチェンバーの問題が大きくなってきて、「ためらい」が失われていくんです。「自分たちが正しい、対立する意見は聞かなくていい」みたいな空気が支配的になる。

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内田 それはカール・ポパーが『開かれた社会とその敵』(第1巻上下、第2巻上下、岩波文庫)で書いていたことですけれど、科学的な推論というのは、まず仮説を出し、その仮説が適用できない反証事例に遭遇したらそれをも説明できるようなより包括的な仮説に書き換えていく。そういう連続的な仮説の書き換えのことですよね。

本来の知性の働きというのは、自分が仮説を立てた後に、その仮説の正しさを証明する事例よりも、その仮説の反証事例を探すことだと思うんです。科学的知性の本当の光栄は、自分が提出した仮説の間違いを、他人に指摘されるより先に発見することにあるんです。

エコーチェンバーというのは、絶対に反証事例が入ってこない圏域のことですからね、そこにいる限り、仮説の書き換えというのは起こらない。つまり、科学的であることをはじめから放棄しているわけで、これは端的に「反知性主義」と言っていいと思うんです。

 この状況が進めば、矛盾した言い方ですけど、「知識はたくさんあるけれど無知」みたいな人が増えていくのではないでしょうか。

構成/高山リョウ

テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李 舜志
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
amazon 楽天ブックス セブンネット 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570

世界はひとつの声に支配されるべきではない。

対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。

空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。

複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。

ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。

しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。

プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。

「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。

現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。

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ためらいの倫理学 戦争・性・物語
内田 樹
 ためらいの倫理学 戦争・性・物語
2003/8/22
792円(税込)
384ページ
ISBN: 978-4043707010

ためらい逡巡する思考の深みへ

ためらい逡巡することに意味がある。戦後責任、愛国心、有事法制をどう考えるか。フェミニズムや男らしさの呪縛をどう克服するか。原理主義や二元論と決別する「正しい」おじさん道を提案する知的エッセイ。

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