「俺は多重録音(オーバーダブ)したかったんだ」
ホーンセクションのかわりに、ファズのかかったギターを重ねていくつもりだったのである。
もう頭のなかには、その後でオーティス・レディングがやったみたいなリフが鳴り響いていたんだ。しかしストーンズにはホーンはないから、多重録音(オーバーダブ)するつもりでいた。ファズトーンは便利だ。ホーンに似た音にできる。
あくまでホーンを録音するためのガイド代わりに、キースは便利なファズトーンでギターのリフを入れたはずだった。
ところがマネージャーのアンドリュー・オールダムは、アメリカだけでそのまま6月6日にシングル発売してしまったのである。しかもジャケットの右下には大きく、“Produced by ANDREW LOOG OLDAHM”と自分のクレジットを入れていた。
これはキースの意向を無視したアンドリューの独断だったが、機を見るに敏なプロデューサーなりの勝利だったのかもしれない。
アメリカツアー中にラジオから流れてきた『サティスファクション』を耳にして、何も知らされていなかったキースは驚き、当然ながら怒ったし、口惜しがったが、思わぬ発見もあった。
俺は多重録音(オーバーダブ)したかったんだ。ところが、ツアーであちこち回っているうちに、あの曲はアメリカ1位を獲得した! だから、つべこべ言う気はない。それに、教訓も得た。人はときに過剰に走る。何もかもが自分好みでいいわけじゃない。
「何もかもが自分好みでいいわけじゃない」とは、これを機に自然体を貫くようになるキースらしい、なんともさばけたジャッジである。
とはいえ、キースはステージ向きではないという理由で、ライブでは『サティスファクション』をしばらく演奏しなかった。
その気持ちが変わったのは、オーティス・レディングやアレサ・フランクリンが、素晴らしいカヴァーを発表したからだという。
アレサ・フランクリンのバージョンに、最初に書きたかったものが聴こえた。それからあれが好きになって、ステージで演奏し始めた。なにしろ、ソウル音楽の最高峰たちが、俺たちの曲を歌っていたんだから。
文/佐藤剛 編集/TAP the POP
参考・引用/キース・リチャーズ自伝『ライフ』(棚橋志行訳/楓書店)














