「AI予報」で気象庁はどうなる?
荒木 ところで、長谷川さんは新著の中で、気象庁で天気予報に関する業務を行う「予報官」について、非常に手厚く書いていますよね。私も含め、気象庁の現場の人間は本当に喜んでいると思います。
長谷川 予報官は時代の流れの中で苦労してきた立場ですからね。
荒木 確かに私がやっていたときはよく、ガイダンス予報官と揶揄されました。コンピューターからの情報(ガイダンス)をそのまま伝えるだけだから、誰にでもできるのではないか、と。
長谷川 おそらく、ガイダンスを作る側としては、それを目指していると思うんですよ。そのまま読み上げればしっかり伝わるものに仕上げよう、と。しかし実際には、いろんな判断が必要だから全自動でやるわけにはいかないし、天気予報を当てることだけが予報官の仕事でもないわけです。このあたり、今後、AIの導入で変わること、変わらないことがありそうですね。
荒木 長谷川さんは本の中で「物理的な気象学の知見を使って、なぜAIが天気を予報できるのかを突き止めれば、それを新たな知見とすることで気象の理解、予測につながっていく」といったご意見を述べられています。これは私もまったくその通りだなと感じました。
長谷川 よかった、荒木さんに賛同していただけて(笑)。
荒木 でも実際、予報だけならAIにすべてやってもらってもいいのかもしれないですけど、今後はAIの発達によって、いまの物理学を用いた「数値予報モデル」では予測できないことが表現できるようになるかもしれません。そのメカニズムがどうなっているのか、という点を調べるためのツールとして、AIを活用する選択肢だってあると思います。
長谷川 そうですね。現場の人間としては、AIなんかに渡したくない領域というのもあるのでしょうけど、それを言い出すと進歩を止めることにもなるから、そこはいったん受け止める必要があると私は思います。最後は結局、AIと人間の役割分担といった構図になるのではないでしょうか。
荒木 同感です。解説とか情報伝達という点は、人間同士のコミュニケーションから生まれるものが多いでしょうし。例えば、避難のための情報などは、機械的に伝えるよりも、人間が背景も含めて伝えることで情報の受け手の感情が動いて危機感が増し、結果的に行動につながることはあると思います。
長谷川 私は運転中カーナビに頼ってばかりだと面白くないと感じるタイプの人間なので、なおさらですよ。やはり、なぜカーナビがこの道を推奨するのか、という理由がわかって初めて指示に従いたいです。人間というのは、筋道を考える生き物だと思うんです。
荒木 そうですね。「1時間で100ミリの雨が降ります」と言われたところで、それがどのくらい危険なことなのかを伝えることは、人間にしかできないのではないでしょうか。防災において、いかに感情を動かすかは非常に重要です。
長谷川 私もそう思います。逆に言うと、ちゃんと言葉で危機感を伝えるためには、やはり日頃から予報官がそれなりの説得力を持っていなければいけません。人々に「あなたの言うことよりも、AIのほうが信用できそうだ」などと思われていては、人間社会が良いものにならないと思うので、そこは予報官にとって頑張りどころでしょう。
構成=友清 哲 撮影=村上庄吾
(集英社クオータリー コトバ 2025年夏号より)