格差拡大や将来への閉塞感の漂う韓国社会
ソウルにある大韓老人会の事務所を訪ねると、「この問題に関心を持ってくれて、ありがとう」と金さんが迎えてくれた。金さんが制度を維持すべき理由としてまず挙げたのが、生活が苦しい高齢者が多いことだった。
「年齢が引き上げられれば打撃は大きい。『人生100年時代』と言われるほどに寿命が延びたといっても、老後の経済的な準備が出来ていない人が多いのです」。韓国では定年は「60歳以上」とされ、高齢者が十分な所得を得られる職は限られる。金さんは「高齢者が家にこもらずに地下鉄で出かけ、歩くことで健康にもなる。医療費の大きな節減につながっている」とも主張した。
現在の韓国の高齢者は1960年代後半以降の急速な経済成長の陰で社会保障などの整備が後手に回ったあおりを受けた世代だ。高齢者の貧困率は約40%に達している。
韓国政府の「高齢者統計」によると、65歳以上で国民年金などの公的年金を受給している人の割合は、少しずつ増えてはいるが、2021年で約55%にとどまっていた。
一方で、支え手となる若い世代も不安定な雇用や住宅費の高騰、教育費の負担など悩みは尽きない。世界的にも異例のペースで進む少子化は、結婚や子を持つことへの価値観の変化に加え、経済的な問題や将来への不安なども背景にある。
高齢者が現状のまま「恩恵」を享受し続ければ、いずれ自分たちに跳ね返ってくるのではないか─。若い世代にはそんな思いもあるようだ。ソウルに住む会社員の女性(29)は「高齢者が増えているし、無料にする年齢は70歳や75歳まで上げてもよいのでは。地下鉄の赤字が減り、運賃値上げもしなくて済むのならその方がいい」と話していた。
経済成長で全体として豊かになった一方、格差の拡大や将来不安といった閉塞感も漂う韓国社会。「若い社会」だった40年前とは様変わりしたなか、長く続く「老後」をどう豊かにし、どう支えていくのか……。世界でも有数の「長生き社会」になった韓国の人々は今、そんな問いに直面していると言えそうだ。
取材・文/朝日新聞取材班 写真/shutterstock