他の大名と比較して初めて信長の特異性が見える

織田信長という男が、日本史上いかに画期的な男だったかということがおわかりいただけたでしょうか。

織田信長がどれほど画期的なことを実践した人物なのかは、あまたいる戦国大名の一人として考えたのでは見えてきません。

ここでも大切なのは、信長と他の大名を「比較」してみることなのです。

信長が兵農一致が当たり前の時代に専業兵士を実現できたのは、商業を盛んにすることによって、兵士に給料を払うことを可能にしたからです。その結果、信長は、田畑に縛り付けられることから解放され、兵士を連れて本拠地を何度も移動することができたわけです。

つまり信長は、現代風に言えば、商業を原資として下級兵士の人件費を賄っていたわけですが、それ以前の大名(これ以降は旧大名と呼びます)にはそんなことはできません。

織田信長像(PhotoAC)
織田信長像(PhotoAC)

旧大名はお金がないから、自分の領内の百姓を強制的に徴兵し徴用します。それには逆らえません。なぜなら拒否などしたら、家族がどんな目にあわされるかわからないからです。独身の男性にも両親はいますから、だから領主の命令には逆らえない。

信長の領民であれば、職業選択の自由があります。自分は兵士という人殺しはしたくないと思えば、農業や商業に専念すればいいわけです。生産性は当然上がります。また逆に、百姓の生まれでも、武士として生きていきたい人間であれば、豊臣秀吉のように兵士として採用もしてくれます。

ところが、旧大名の領内では、職業選択の自由もない。

もちろん百姓の中にも戦が大好きという男もいたでしょうが、普通の人間なら命の危険がある戦場に駆り出され、人殺しをさせられるというのは、とてつもなく苦痛なものです。

それに原則として、徴兵ですから給料も出ません。そこで徴兵する側も、彼らに甘い蜜というか、美味しい餌で釣ることを考えました。平たく言うと、略奪と強姦です。つまり、隣国に攻め入った際、百姓兵に対し「この城を落としたら、何でも略奪していいし、女はやりたい放題だ」、そういう「ボーナス」を出したのです。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)
すべての画像を見る

そうでなければ、百姓も命を懸けて真剣に戦わなかったわけです。この行為を「乱妨取り(乱取り)」と言います。

この言葉、ご存じでしたか? 私の経験では、多くの人間が知りません。だからこそ、兵士に給料を払った信長が旧大名とまったく違って、人々から大いに支持されたこともわからないのです。

文/井沢元彦 

『真・日本の歴史』(幻冬舎)
井沢 元彦
『真・日本の歴史』(幻冬舎)
2024/7/18
1,980円(税込)
360ページ
ISBN: 978-4344043091

日本とはこんな国だったのか
日本人の行動原理はここにあったのか
あなたの知っている日本の歴史がひっくり返る!
目からウロコ  衝撃の面白さ
ゼロから学び直す真(シン)・日本史!


教科書も学者も教えてくれない「歴史の流れ」がわかる! 謎が解ける!
「比較」と「宗教」の視点を持てば、日本史ほどユニークで面白い歴史はない。
シリーズ累計580万部突破『逆説の日本史』著者による、30年の歴史研究のエッセンス。

amazon