知らないことに劣等感を持つ必要はない
さらに、知らないことに劣等感を持つ人もいますが、そんな必要はありません。知らないことは、歩けないことと同様、ただ知らないだけで劣っている状態ではないからです。
幼い子どもが知らないことがたくさんあるからといって、その子どもが劣っているとは思わないでしょう。大人も何でも知っている人はいません。しかし、だからといって、その人が劣っているわけではありません。学べば知識は身につきます。
私が伝えたいのは、「劣等感がなくても、健全な努力はできる」ということです。努力に、劣等感や他者より優れていたい優越性の追求は不要です。
知らないことがあれば学び、成績がよくなければ次回はいい成績を取れるように勉強することが有用な優越性の追求ですが、劣等感に結びつける必要はありません。知らないことがあるからといって劣等感を持つ必要はなく、知らないことがあれば知識を身につければいいだけのことです。
知らないことを知ろうとするのは、人間の根源的な欲求です。知識を身につけようとすることも、リハビリをして歩けるようになろうとすることも、劣っているから克服しなければならないと、劣等感を克服するために努力することではありません。
アドラーも、「劣等感があるから優越性を追求する」と言うと、劣等感が優越性の追求の原因と見ることになるので、後には劣等感についてあまり語らなくなりました。
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