個人は自己利益、国家は自国益だけを追求する「自分第一主義」が支配的になりつつある今、世界は法の支配から力の支配の時代へと退行しようとしている〈内田樹〉
混迷を極める永田町、拡大する経済格差、税の不均衡、レベルが落ちた教育界など問題が山積の今の日本。加えて今年の1月にアメリカでトランプ大統領が再任してから、国際情勢も先行きが不安定だ。思想家の内田樹氏によると現在の日本は「泥舟」状態だという。
どうしてそうなってしまったのだろうか。
最新の著書『沈む祖国を救うには』より一部を抜粋・再構成し、危機的状況にある世界情勢について解説する。
沈む祖国を救うには#1
「国家」より「非国家アクター」の存在感が増してきた
では、いったいなぜ、人々は「公共からの撤退」を始めたのか。
一つは国民国家が基礎的な政治単位として機能しなくなったからである。いわゆる「ウェストファリア・システム」では、国民国家が基本的な政治単位だった。
「国民国家」(Nation State)というのは、人種・言語・宗教・生活文化を共有する同質性の高い人々が「国民」(Nation)を形成し、それが政治単位としての「国家」(State)を形成するという国家モデルである。
この国民国家を基礎的政治単位として、「国際社会」が形成されてきた。
しかし、これはあくまで「そういう話になっている」ということに過ぎない。実際に、国際社会は国連加盟193の政治単位だけで構成されているわけではない。
非国家アクターの存在感が局面によっては国民国家よりも大きくなっている。
新たに登場した非国家アクターの一つはテロ組織である。アルカイダやイスラム国のようなテロ組織にはそもそも守るべき「国民」も「国土」も「国境」も持っていない。
2001年9月11日、アメリカの世界貿易センタービルがテロリストによる攻撃を受けた
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もう一つの非国家アクターはグローバル企業である。
グローバル企業は特定の国家に帰属せず、株主たちの利益を最大化するために経済活動を行う。かつての国民国家内部的な企業は、祖国の雇用を増大させ、国税を収めて祖国の国庫を豊かにすることを(とりあえず口先では)企業活動のインセンティブとしていた。
現代のグローバル企業にはそんなものはない。最も製造コストの安い国で製造し、最も人件費の安い国の労働者を雇用し、最も税率の低い国に本社を置き、どこの国民国家の国益にも貢献しないことで利益を上げている。
テロ組織とグローバル企業という二つの非国家アクターが国際社会の主要なプレイヤーになったことで、「公共」という概念が急激に空洞化した。私はそう考えている。
※ホセ・オルテガ・イ・ガセット スペインの哲学者
写真/shutterstock
2025/3/27
1,100円(税込)
208ページ
ISBN: 978-4838775293
なぜ日本はこんなにも「冷たい国」になったのだろう――
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激動の国際社会の中で、沈みゆく「祖国」に未来はあるか!?
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ここ数年で、加速度的に「冷たい国」になってしまった日本。
混迷を極める永田町、拡大する経済格差、税の不均衡、レベルが落ちた教育界など問題が山積となっている。
また、アメリカの新大統領がトランプに決まり、国際情勢も先行きが不安定である。
生活苦しい国民に手を差し伸べることのない冷たい国で、生き抜いていくためにはどうしたらいいのか……。
この「沈みゆく国」で、どう自分らしく生きるかを模索する一冊!
<項目>
★「観光立国」という安全保障
★「最終学歴がアメリカ」を誇る、残念な人々
★ 加速する「新聞」の落日
★「食糧自給率」が低い――その思想的な要因
★ 第二期トランプ政権誕生の「最悪のシナリオ」
★ 民主政の「未熟なかたち」と「成熟したかたち」
★「自民党一強」の終焉
★ 80年後に残る都市は「東京」と福岡のみ
★ 今、中高生に伝えたいこと ……etc.
<本文より>
今の日本は「泥舟」状態です。一日ごとに沈んでいるし、沈む速度がしだいに加速している。
もちろん、どんな国にも盛衰の周期はあります。勢いのよいときもあるし、あまりぱっとしないときもある。それは仕方がありません。国の勢いというのは、無数のファクターの複合的な効果として現れる集団的な現象ですから、個人の努力や工夫では簡単には方向転換することはできません。歴史的趨勢にはなかなか抗えない。
勢いのいいときに「どうしてわが国はこんなに国力が向上しているのだろう」と沈思黙考する人はいません。そんなことを考えている暇があったら、自分のやりたいことをどんどんやればいい。でも、国運が衰えてきたときには、「どうしてこんなことになったのか?」という問いを少なくとも、その国の「大人」たちは自分に向けなければいけません。【中略】 読者の中には、読んでいるうちに「自分こそが祖国に救いの手を差し伸べる『大人』にならないといけないのかな……」と思って、唇をかみしめるというようなリアクションをする人が出て来るような気がします。そういうふうに救国の使命感をおのれの双肩に感じる読者を一人でも見出すために僕はこれらの文章を書いたのかも知れません。 ――「まえがき」一部抜粋