囲碁以外の世界を知ることが、結果的に囲碁につながってくる
中村 一力さんはプロ棋士である一方で、河北新報社の取締役を務めていらっしゃいます。創業家なんですよね。
一力 今は紙面で囲碁に関するコラムを定期的に発信しています。囲碁を知らない方にどう魅力を伝えていったらいいか、考えさせられます。また、(ほかの仕事をすることで)囲碁以外の世界を知ることが、結果的には囲碁につながってくる部分があるとも感じています。
中村 よく分かります。僕はプロで18年間サッカーだけをやってきましたけど、引退後いろんなフィールドで活動させてもらっていると、この視点を現役時代に持っていたら、もっと自分に反映できたのにって思うんですよ。
一力 世界一になって良かったと感じるのは、憲剛さん含めいろんな方と交流できる機会が増えたこと。フィールドは違っても、根底となる部分は共通していることが結構あることも理解できたり、自分の視野を広げられています。
中村 そうなるとパフォーマンスも変わってくると思うんです。たとえば、僕は指導者ライセンスを引退してから取り始めたのですが、指導者目線からサッカーを見ることができるので現役中に取得を始めれば良かったなって。もっといろんな目線と社会性を持っていたら、自分にいい変化を与えられたような気はしますね。サッカー以外のことをやって結果が出なければ、そのせいだとも言われるでしょうけど。
一力 自分の場合はすごくモチベーションになっています。
中村 そうなんですよ。ちょっとケースは違いますが、フロンターレは地域貢献に力を入れていて、そのせいで優勝できないみたいなことを言われていました。それが悔しくて、「地域貢献は足かせになんかなっていない」ことを証明したいという思いが(優勝への)パワーに変わっていきましたから。
一力 視線を上げていくこともそうですが、視野を広げていくことも意識していきたいと思います。
中村 改めてお聞きしますけど……27歳ですよね。
一力 はい、今年6月で28歳になります。
中村 僕もその年代で一力さんの境地に達していたら、もっと成長できていたかもしれないなあ(笑)。
一力 自分はまだまだです。いろんなことに目を向けながら成長の糧にしていきたいと思います。
中村 あっという間に時間が過ぎてしまいました。囲碁とサッカー、フィールドは違っても共通することが多くて、僕自身いろいろと心に刻むことができました。囲碁の競技人口が減少しているという話もありましたが、サッカーともコラボする機会があればいいですね。フロンターレのFRO(フロンターレ・レリーションズ・オーガナイザー)を務めているので、ちょっと提案してみようかなと思います。
一力 ありがとうございます。今日はお会いできることを楽しみにしていましたし、チャンピオンになったときの考え方を含めて、勉強になることをたくさん伺うことができました。競技人口が減っている現状のなかで、フロンターレのように地域に根づいて活動することでファンの方を増やしていった事例も、とても参考になるんじゃないかなと思いました。サッカーと囲碁のコラボ、面白そうですね(笑)
【ケンゴの一筆御礼】
碁界を引っ張っている一力遼さんのことはずっと気になる存在でした。フロンターレの先輩である吉原慎也さんの奥さまが女流棋士の吉原(旧姓・梅沢)由香里さんで、僕も熱中したマンガ『ヒカルの碁』の監修者。だから、やったことがなくても、囲碁はどこか身近にありました。
一力さんが昨年、応氏杯に勝って世界チャンピオンになり、今回こうやって対談が実現できたのも由香里さんのご尽力、日本棋院のご協力があったからです。ここにあらためて感謝申し上げます。
一力さんからは、これだけの実績を残しつつも、とにかく謙虚であり「まだまだ成長したい、まだまだ強くなりたい」という気持ちが伝わってきました。碁界を引っ張っていく意識や競技人口への危機感など、自分の強さという視点にとどまらず、幅広い視点を持って全体のこと、未来のことを考えているのがとても印象的でした。僕も非常に学びの多かった対談になりました。
しかし、まさか初心者の僕が7×7の盤面とはいえ、一力さんと対局できるとは。家族に自慢したいと思います。
今回の対談は日本棋院の公式Youtubeとのコラボ企画です!
今回の「思考のパス交換」は、日本棋院の公式YouTubeチャンネル「日本棋院囲碁チャンネル」とのコラボ企画! 最初に憲剛さんが囲碁を学び、一力棋士と対局する様子や、対談の模様など。こちらも一緒にお楽しみください。
日本棋院の公式YouTube「日本棋院囲碁チャンネル」はこちらから!
取材・構成/二宮寿朗 撮影/熊谷貫
※「よみタイ」2025年4月29日配信記事