衝撃を受けたプロの和食の世界
僕が本格的に料理の世界に飛び込んだのは20代後半。プロとしてはかなり遅いスタートでした。そしてそこから最初の約5年は、主に和食の世界に携わりました。
それまでもアルバイトやダブルワークというかたちで常に飲食の世界に片足を突っ込んできた僕でしたが、そこで触れていたのは、どちらかというとイタリアンなどの洋食の世界が主でした。
なので僕はその時期に初めて、プロの和食の世界を知ったということになります。
それは、門前の小僧的に親から自然と学んだ家庭の和食とは似て非なるものでした。一言で言えば、とにかく洗練されているのです。
大根や里芋の皮は、繊維を感じさせないようにとにかく厚く剝き、それを1回下茹でして水に晒し、雑味やアクをすっかり抜いた後、改めてだしに沈めて沸騰させないようにコトコトと煮含めます。
そのだしは、たっぷりの鰹節や昆布を、これまた決して煮立たせないよう細心の注意を払って、清澄かつうま味をたっぷり含んだ香り高い味わいに仕立てられたもの。そして葱や茗荷などの薬味は、薄刃の包丁でとにかく薄く薄く刻んだ後、冷水に放ってアクや苦味を抜きます。
これはすごい! と、僕はあっという間にその世界に心酔しました。
ただしその店はあくまで体裁としては「居酒屋」でしたので、そういう清廉な和食だけではやっていけません。店の評判を高めたのは、むしろ、うま味の強い調味料やリッチな味わいの食材を使って、酔客の舌を一口で満足させるひたすらキャッチーな味わいの料理でした。
実際のところ、そういうのもまた現代の和食の役割です。
僕は当時、その両方に夢中になりました。本当のことを言えば、元々はイタリアンかエスニックがやりたかったので、和食は半ば渋々だったのです。しかし、そんな気持ちはあっという間に吹っ飛びました。
そんな時代に、(幸か不幸か)うっかり出会ってしまったのが、水上勉さんの『土を喰う日々』でした。