「巨大蛇行剣と謎の4世紀」 

2022年に“国宝級”ともいえる全長2m37㎝の蛇のようにクネクネと曲がった「巨大蛇行剣」と、日本最大の「盾形銅鏡」が奈良県の富雄丸山古墳から発見された。 

奈良県の富雄丸山古墳
奈良県の富雄丸山古墳
すべての画像を見る

「何かはまだ言えないんですが、とんでもないものを見つけてしまったんです。とにかく会見に来てください」

その発表記者会見に、奈良市埋蔵文化財調査センターの村瀬陸氏から誘いを受けたのが、当時、TBSテレビで『報道特集』のディレクターをしていた山崎直史氏だった。

「記者会見では、発表している研究者たちもかなり興奮していました。“国宝級”という言葉もそのときに出ていたんです。当時はまだ、巨大蛇行剣のX線写真しか見られませんでしたが、2mを超える蛇行剣は私も素直にすごい!と思いました。

それに、その蛇行剣が出てきた富雄丸山古墳は、日本古代史の中で“謎の4世紀”と呼ばれている時代に造られたものなんです」(山崎氏、以下同)

記者会見で発表された巨大蛇行剣のX線写真
記者会見で発表された巨大蛇行剣のX線写真

日本古代史で、3世紀は邪馬台国の女王・卑弥呼が倭国(当時の日本)を治めていた時代で、5世紀は倭の五王が支配するヤマト王権が確立した時代だと言われている。

呪術で統治をしていた卑弥呼の時代から、武力で統治するヤマト王権の時代へどのように移ったのか。その謎を解く鍵が“謎の4世紀”に隠されているといわれており、その鍵のひとつが、この巨大蛇行剣なのだ。

国宝級といわれる全長2m37㎝の巨大蛇行剣
国宝級といわれる全長2m37㎝の巨大蛇行剣

「私個人は、4世紀に当時の日本人を束ねるためには、やはりまだ呪術的な要素が必要で、そのために巨大蛇行剣は作られたのではないかと思います。また、現在では『蛇行剣』と呼ばれていますが、そもそも蛇をモチーフにしたものかどうかもわかっていません。

『蛇だろう』という人もいますし、『カミナリや川の流れではないか』と考える人もいます。いずれにしても、当時の人はきっと特殊な形をしたものに恐れや畏怖を感じていた。だからこそ、あのようにクネクネと曲がった形の剣を作ったのだと思います」

蛇行剣はこれまで国内で80本ほど発見されているが、富雄丸山古墳で発見された巨大蛇行剣は日本最古のものだと考えられている。蛇行剣の歴史はここから始まったのかもしれないのだ。

では、巨大蛇行剣は誰がなんのために作ったのか? どんな意味を持っているのか。山崎は取材を進めた。

「記者会見の後に巨大蛇行剣のクリーニング(保存科学的処理)を始めるという話を聞いたんです。それで、その過程で何か新しい発見があるかもしれないと思い、クリーニングを担当する奈良県立橿原考古学研究所と奈良市にお願いをして、その過程を取材させていただくことになりました。

月に1、2回ほど奈良県に行っては、数日間ほど橿原考古学研究所で、奥山誠義総括研究員による作業の様子を見守りました。もちろん、そう簡単に新たな発見がみつかるわけではありませんが、その過程を見てるだけでドキドキする、楽しい時間でした」

そんな地道な取材を9か月ほど続けていたある日、研究所で大きな発見に立ち会うことになる。