過食が改善されたことを「素直に喜べない」

Aさんの不調には、虐待や性暴力やいじめといった明確な誘因はない。性的マイノリティである「クィア」(既存の性の概念に属さない人々の総称)を自認するが、それが直接の原因とも考えていない。ただ、子どもの頃から考え込みやすい性格だった。

「内向的というか、自分の感情や思考をずっと気にしてしまう、自分に矢印が向かってしまう性格。こうなるように生まれてきたのかな、なるべくしてなったのかな、と思っています」

大学卒業後は実家に戻って就職したが、オーバードーズ(過量服薬)などを経て退職に至った。現在は定期的にカウンセリングに通い、過食も一時期に比べると落ち着いているものの、Aさんはそれを素直に喜べない気持ちでいる。

「心の病気は完治ではなく寛解を目指すと言いますが、結局健康な自分にはなれない。どっちつかずな状態が苦しいです。20代半ばにもなると周りはライフステージが進んでいきますけど、そういう方向に自分は行けないという焦りもあります。それなら、どこまでも落ちちゃえばいい……みたいな」

入院を必要とするような重度の摂食障害や、逮捕を繰り返すクレプトマニアとは、Aさんの様相は異なる。しかしその曖昧さが、かえってAさんの寄る辺なさにつながっている。

「よく目標にされる“低め安定”という言葉は、やっぱり正常や標準よりも低いという意味で、いつ底に落ちるとも限らない。新しい方向に進める状態ではありません。一人暮らしの部屋でスーパーのご飯を貪っていた最悪の状態の自分は、幸せではなかったけど、そこに居場所を見出していた部分もあったので……あんなに辛かったのに戻りたいという気持ちもどこかにあるんです」

ときに考え込み、慎重に思考をたどりながらAさんは複雑な気持ちを語ってくれた。その言葉には、ギリギリのところで踏みとどまっているような危うさが感じられる。生来の繊細さや思慮深さが、状況を好転させる方向に働くことを願わずにはいられない。

取材・文/尾形さやか

「自分もクレプトマニアかもしれない」と話すAさん
「自分もクレプトマニアかもしれない」と話すAさん