そして死刑執行…
2008年10月28日、久間三千年氏の死刑が執行された。「足利事件で再鑑定へ」の新聞記事が出て、10日後のことだった。再鑑定とは、これまで有罪の根拠となっていたDNA型鑑定に大きな問題があることを裁判所が認識した、ということである。
そうであれば、同じ鑑定法で死刑判決を受けた飯塚事件にも当然波及することになる。法務省も最高裁も検察も、MCT118法の欠陥についてはすでに情報を得ていたはずだ。なぜ、久間氏の刑の執行を急いだのか。
死刑確定から2年での執行は、他の確定囚に比べて早すぎる。久間氏の弁護団は、このとき、再審請求の準備中だった。請求を申し立てた確定囚については、(例外もあるが)刑の執行は行なわれない。弁護団は「油断があった」と悔やんだ。
2009年の春、私は久間氏の自宅を訪ねた。何日か断られた後、居間に案内されて、遺影に手を合わせた。和服姿で現れた夫人には、撮影もインタビューも丁重に断られたが、帰り際、再審に向けて準備を進めていると、きっぱりとした口調で語ってくれた。
2009年10月、久間氏の妻によって死後再審が申し立てられた。私は「なぜ久間氏の死刑執行を早めたのか」という質問状を、森英介法務大臣(当時)に宛てて出したが、法務省刑事局から、個別の事案には答えない、という紋切り型の返事があるのみであった。
これらにつき、法務省の担当者からは、私が担当していたテレビ番組の放送内容を確認したいと事前にも電話があり、神経質になっているのがよくわかった。番組では無味乾燥な内容をそのまま放送した。
再審請求のその後
弁護団は、当初、足利事件と同様、再鑑定に漕ぎつければ、展望が開けると考えた。しかし、この再審請求審では再鑑定がもはやできないことが明らかになった。なぜなら、科警研が鑑定のための試料(血液や体液など)を使い切ってしまったというのである。
本当か嘘かは分からない。しかし、新たな鑑定によって、請求人(久間氏)と犯人の本当のDNA型を調べることはもうできない。科警研は「鑑定試料は次の鑑定のために、必ず残す」という科学者の最低の倫理をかなぐり捨て、足利事件の二の舞を避けた、そう見られても仕方がない。
試料消失後の、審理の進み具合を簡単に記しておく。
2014年3月、福岡地裁は、「MCT118法がなくても他の状況証拠によって有罪の認定は覆らない」として請求を棄却した。
ここで挙げられた状況証拠とは、ワンボックスカーの目撃証言、久間氏の車の後部座席から検出されたと検察が主張する血液痕と尿痕、女の子のスカートについていた繊維痕が後部座席の繊維痕と一致する可能性が高いとする鑑定、などである。
一方、2021年からの第二次再審請求審で、弁護団が新証拠として提出したのが、事件当日、二人の女の子を乗せた車を見たという目撃証言である。
目撃者の男性は、現場に近い道路で、速度を落として走っている白い軽自動車を追い越そうとした際、後部座席に二人の女の子が乗っているのを見たという。運転していたのは30代くらいの男で坊主頭だったという。
後に事件を知り、警察に知らせたところ、刑事が来てメモを取りながら話を聞いて帰ったが、その後は一切連絡がないということだ。運転していた男は報道されている久間氏とは全くの別人だと言う。
この地区では、事件発生以前から、街の中で不審な白い小型車がしばしば目撃されていた。それらの当時の情況と符合する目撃談であり、重要な新証言だとみられたが、裁判官は信用できないとして退け、2024年6月、請求を棄却した。
現在、福岡高裁で即時抗告審が続いている。
文/里見繁