平成令和怪談略史をたどる

日本のネット怪談がどのような怪談文化から生まれてきたのか、どのように他の怪談ジャンルと並存しているのかを捉えるために、おおまかに、ネット怪談が生まれる少し前の1980年代後半までさかのぼって、ジャンルの栄枯盛衰を眺めてみたい。

なお、ここでいう「怪談」は、民俗学的な視点をあまり広げすぎないように、先述のとおり「伝説」のサブジャンルとして狭く定義する。だが、それだけでも十分であろう。今から見ていくように、この時期の代表的な怪談ジャンルである「都市伝説」と「学校の怪談」は、どちらも民俗学者がきっかけとなって一大ブームになったのだから。

まず見通しをよくするため、ネット怪談以外の怪談ジャンルを、体験者をたどることのできる「体験談」と、たどることのできない「うわさ」に分ける。どちらも前近代から絶えることなく語られつづけているが、ここでは記録に残っているもの──書籍・雑誌記事を中心として、テレビ・ラジオ番組も含める──からうかがえる動態に絞ることにする。

体験談──恐怖体験、再現漫画、そして実話怪談

1980年代から世紀末にかけては、1960~70年代の怪奇ブーム・オカルトブームのころから活動していた中岡俊哉や佐藤有文などが引き続き恐怖体験や心霊写真の本を世に送り出していたほか、素性の知れない団体(「怪奇研究会」や「ミステリー探検隊」などを自称するものが多い)などの書き手によるソフトカバーの怪談本も多数出版されていた。

子ども向けとしては、「ケイブンシャの大百科」シリーズや、占い雑誌『マイバースデイ』から派生した「MBブックス」シリーズなどで、心霊・怪奇系の本が多く刊行された。大衆雑誌に芸能人の恐怖体験記事が掲載されるのもよくあることだった。

MBブックス『音楽室に霊がいる!』
MBブックス『音楽室に霊がいる!』
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これらの恐怖体験本の多くは、一般人が体験した怖い話や不思議な話をまとめたもので、挿絵が多かったり、文体が扇情的だったり、心霊的な原因の特定(誰それの祟りである、地縛霊である、など)があったりした。

また、読者投稿という体裁で、体験者自身が語る一人称の話も多かった。