制作のきっかけはドラマ『心の傷を癒すということ』
映画『港に灯がともる』の制作の発端は、安達が2020年にNHKドラマ『心の傷を癒すということ』のチーフ演出として携わったこと。阪神大震災で自ら被災しながらも、被災者の心のケアに努めた精神科医・安克昌(あん かつまさ)をモデルにしたドラマはSNSを中心に大きな反響を呼んだ。
劇場版として再編集された映画は、現在でも全国の学校や公民館で上映されている。
安達もじり(以下同) 「上映活動をしている安克昌先生の弟である安成洋(せいよう)さんに、『震災30年を迎えるにあたり、語り継いでいくための新作映画を作りたい』とご相談を受けたんです。いただいたお題は『神戸を舞台にすること』と、『心のケアをテーマにすること』というシンプルなものでした」
神戸市民の多くが震災を経験していない
主人公は、震災の翌月に生まれた在日コリアン3世の灯(あかり:富田望生)。当然、震災の記憶はなく、家族から当時の話を聞かされても実感を抱けずに苛立ちを募らせていくことになる。彼女が高校を卒業してから12年の葛藤の日々を描いた物語のため、劇中に震災の描写はほとんどない。
「1995年当時のことを描く手段もあったと思いますが、時間をちゃんと描くことのほうが30年の時を経た今、作る意味があるんじゃないかと思いました」
取材を重ね、物語の骨格を作っていく中で驚いたのは、現在の神戸市内に暮らす多くの人が震災を経験していないということだったという。
「当時まだ生まれていない世代だったり、震災後に移住してこられた方もいらっしゃいます。震災を伝え続けたいと思っている人と、そのことが重荷になっている人の温度差を感じましたし、そのへんをひとつテーマにできないかと思ったんです」
長田での取材から生まれたコリアン3世の主人公
舞台となるのは、1995年の震災で多くの家屋が消失し、一面焼け野原となった神戸・長田。多くの在日コリアンが居住していることでも知られており、他にもベトナム、中国、フィリピンなど、様々な国籍の人々が住んでいる。主人公が在日コリアン3世という設定は、長田での取材から生まれたものだ。
「中には言葉が通じずに震災後の避難生活で苦労した方も多かったそうですが、いろんな国にルーツを持つ人たちがお互いに助け合いながら、長い時間をかけて共に暮らしてきた場所だと知りました。在日1世、2世、3世の間にも世代による価値観の違いがあるため、震災を知っている世代と知らない世代のギャップとうまくリンクして描いたら、より深いことが描けるのではないかと思いました」