「経年美化」という価値観を起点に
もともと僕は、スティーブ・ジョブズがアップルを通して世界を変えたように、自分が生み出した「何か」が世の中を変えることを目標にしていた。
祖父も父も鉄工所をやっていたので、会社経営というものは身近に感じていたと思う。高校時代から友人とアプリ開発に挑戦し、卒業後はスタートアップの最前線を知るためにアメリカの大学でビジネスを学んだ。
しかし、同世代の起業家や投資家と直に接する日々を通じて、残念ながら、自分はITの本場・アメリカで真っ向勝負しても勝ち目がないと早々に悟ってしまった。
ITがダメでも別の道はないかと考えた僕は、大学の教授に教えてもらったLVMHグループのビジネスに刺激を受けていた。彼らはヨーロッパの文化を巧みにマネタイズしながら世界にインパクトを与えていたが、「文化を扱う」という点で日本もその優位性を活かせると考えたのだ。
そう思ったのは、これまで僕自身が海外で「日本人であること」の恩恵をしばしば実感してきたことも関係している。以前に旅した東南アジアやオーストラリアでも「I’m from Japan」は大歓迎された。また大学のグループワークでは、英語が苦手で足を引っ張る僕の話も「日本人的にはね……」と切り出すと、皆が耳を傾けてくれた。
そんなある日、大学の課題で「新規事業を考えてピッチする(短いプレゼンを行う)」ことになり、僕は日本文化の活用案を発表しようかと考えた。しかし、それまでITのことばかりで自国の文化に興味がなかったため、当然ながら知識もない。ただ、ふと自分の象革の財布を見たとき「コレだ!」とひらめいた。
中学生のときに父からもらって以来、愛用している財布だ。象革は使うほどに艶が出てくる。多くの国を一緒に旅してきたこの財布は、使うたびにちょっぴり幸せな気分になるし、愛着がわいてくる。日本の伝統工芸とは異なるものの、自分がそこに寄せる思いには「日本的な何か」があるんじゃないか?!と思えたのだ。
そこで、「日本の消費の在り方を広めるビジネス」というプレゼンをした。ビジネスピッチとしては未熟だったが、当時世界でも注目されていた「もったいない」やSDGsの視点も絡め、日本が本来大切にしてきた、愛着を持ってモノを使い、経年で劣化するのではなく、むしろ価値が増すという「経年美化」の価値観を力説した。
結果、教授からは「面白いね!」と言われ、普段話を聞いてくれなかった班の仲間や、見学に来ていたベンチャーキャピタリストの方々からも絶賛された。商品の二次流通も発達した現代のアメリカで暮らす人々にとって、僕の話した「経年美化」の概念はセカンダリーでもリサイクルでもない点で少し新鮮で、かつ受け入れやすい「モノ」への向き合い方だったのだと思う。