野球選手ほど、扱いやすい生き物はいないですよ

田尾は述懐する。

「手を抜かないそういうプレーまで見てくれているなら、もうどうぞ下げてくださいと伝えました。選手は成績が振るわないときには、申し訳ないという気持ちを誰よりも自身が持っているんです。本当にお金じゃなくて言葉ひとつで、野球選手ほど、扱いやすい生き物はいないですよ。

ただ楽天という球団は、創立以来、野球人に対してそうしたリスペクトをあまり払わない。歴史的に見ても、マー君のチームに対する貢献度は計り知れないです。

(2013年の)24勝0敗のことばかり言われていますが、例えば、あの時代に彼の存在でどれだけブルペンが助かったことか。確実に計算できるので他の中継ぎピッチャーはしっかり休めるわけですよ。チーム生え抜きの高卒ドラ1であの活躍、球団に、マー君はイーグルスのシンボルという意識があったのかな」

「チームに居場所がない」と言って楽天を去った田中将大
「チームに居場所がない」と言って楽天を去った田中将大

今、この現象だけを批判しているわけではない。常にトップダウンによってころころと方針が変わるチームの体質について田尾は創設時より、声を上げていた。

20年前、分配ドラフトによって、誰がどう見ても最下位濃厚なチームの監督を引き受けた背景には、こんな思いがあった。

「僕は『強い球団』というよりも『良い球団』を作りたかったんです。それは監督や選手にとって良いということだけではなくて、裏方さんやファンにおいても『良い球団』という意味です。

特に東北のファンは勝っても負けても目先のことに一喜一憂せずに応援してくれる。地域に根ざしてこの人たちに支持されるようなものを提供したい。三木谷オーナーにも『球団を持たれるのならば、それは私物ではないですよ。ファンや市民のものという意識を持ってください』と伝えていました。彼も『わかった』と言ってくれていたのです」

そもそも三木谷は1リーグ制に統合されかけた日本のプロ野球界に向けて、新規参入で球団を立ち上げてパイの縮小を救った人物である。であればこそ、なおのこと、プロ野球は公共財産であるという意識を持ってほしかったという。

これら理想の実現については、田尾を監督に誘った楽天初代GMマーティ・キーナートの存在も大きかった。

米国スタンフォード大学卒でスポーツ評論家でもあったキーナートは古くから日本プロ野球の問題点を指摘していた。

1998年刊行の著作「スター選手はなぜ亡命するか」では指導力も采配のスキルもないのに知名度だけでそのまま監督になってしまう元スター選手、親会社の出向で来ている情熱のない球団代表、何も野球を知らないコミッショナーなど、現在も改善すべきいくつものNPBの難点が挙げられている。キーナートと田尾はGMと監督の立場でともにチームを作っていく決意で船出をしたのである。

現在の田尾安志氏
現在の田尾安志氏
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取材・文/木村元彦 写真/共同通信社