繰り返されるDSD女性へのバッシング

実際、東京五輪女子ボクシングフェザー級(57キロ)金メダリストの入江聖奈は現役時代にライバルだったリンに対して「単純なパンチ力だけなら海外にも国内にもそれ以上の選手はいました」とXで投稿している。

「IOCも90年代半ばまで染色体によって男女を判断していましたが、徐々にXY染色体の有無だけでは性別を判断できないということが理解され、遺伝子検査を廃止しています」

1964年、東京五輪の陸上4×100メートルリレー走で金メダルなどを獲得したエワ・クロブコフスカ(ポーランド)は後にXY染色体を持っているとしてメダルを剥奪。しかし、IOCは1999年にメダルを返却した例もある。

近年では、2012年ロンドン五輪と2016年リオ五輪の陸上800メートル走で金メダルを獲得したキャスター・セメンヤ(南アフリカ)もテストステロン値が高いとして、性別をめぐり議論となったが、今回の騒動はセメンヤのときよりもさらにセンセーショナルに報道された印象がある。

「当初、一部メディアや国内外の著名人がケリフ選手を“トランスジェンダー女性”であるというデマを拡散しました。DSDとトランスジェンダーを混同してしまった人たちが『元男性が女性を一方的に倒した』という構図を描き、その拒否感からバッシクングが高まった部分もあると思います」

ただ、両選手がトランスジェンダー女性ではないと理解された後も、バッシングは止まらなかった。

「それはボクシングという競技の特性もあると思います。ボクシング自体が五輪に採用されたのは1904年と古いのに、女子部門がつくられたのは2012年のロンドン大会から。

そもそもボクシングは非常に男性性が強い競技であったため、”女性同士が殴り合う”という女子ボクシング自体に対する拒否感も強かった。そこに、“男性的な”身体条件をもつ選手が出場するのは不公平で危険と考える人が多かったということではないでしょうか」

開会式で入場する日本選手団
開会式で入場する日本選手団
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「そもそもオリンピックに出場するような女性アスリートというのは、あらゆる面で平均的な女性と比べて運動能力がズバ抜けている人たちばかり。さらに、生物学的にいえば人間の性別は、必ずしも『男』『女』という二元論で完全に分けられるものではなく、グラデーションになっています。

もしも個人の能力差で危険が生まれる競技であるのならば、そうならないようにルールを修正するなり、社会に合わせて競技をデザインし直す必要もあるのではないでしょうか。それが、社会の中にあるスポーツの未来のためにすべきことだと思います」

女性として生きてきて、競技に対して飽くなき努力を積み重ねてきたのに、突然、世界中から「あなたは女性ではない。男性だ」とバッシングを受けたら、あなたはどう思うだろうか。

決勝でケリフと金メダルを賭けて戦った中国代表の楊柳は試合後の会見で「女性同士の公正な戦いと感じたか?」との質問に「技術的な面で学ぶ価値がある」と答えた。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
写真/shutterstock

わたしたち、体育会系LGBTQです 9人のアスリートが告白する「恋」と「勝負」と「生きづらさ」
田澤 健一郎 (著), 岡田 桂 (監修)
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「カミングアウトは自殺と同じ」とゲイの陸上選手は語った――。
「男らしさ」が美徳とされる日本のスポーツ界=体育会。
そこで「性」に悩みながら戦うLGBTQアスリートたちの実話。

LGBTQという言葉は世間に広まったけれど、
日本のスポーツ界は相変わらずマッチョで、根性を見せて戦うことが「男らしい」といわれる。
そんな「体育会」で、性的マイノリティの選手は自分の「性」を隠して辛抱・我慢している?
それぞれの「性」は競技の強さに影響?
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アスリートの実体験から、「男らしさ」の呪いが解けない日本の姿が見えてくる。

入門書やヘイト本では読めないトランスジェンダー選手の本音も!

\「男らしさ」に悩まされるLGBTQアスリートたちの実話/
●「カミングアウトは自殺と同じ」と語った地方育ちの陸上部男子の恋愛
●女子野球選手は「性別適合手術」のために引退を決断した
●チームワークを乱さないようにゲイであることを隠したサッカー部男子
●男子フィギュアスケーターが男女ペアのアイスダンスに大苦戦
●女子剣道部の道場で「女らしさ」から逃れられたレズビアン
●元野球少年のトランスジェンダーが女子プロレスレスラーに完敗

【目次】
第1話 「かなわぬ恋」を駆け抜けて
第2話 ワン・フォー・オールの鎖
第3話 氷上を舞う「美しき男」の芸術
第4話 闘争心で「見世物」を超える
第5話 「女らしさ」からの逃避道場
第6話 あいまいな「メンズ」の選択
第7話 「大切な仲間」についたウソ
第8話 自覚しても「告白」できない
第9話 強くて、かわいい女になりたい
〈対談〉田澤健一郎×岡田桂 LGBTQとスポーツの未来を探して

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