命は大事だけど出産もあきらめたくない
──病気がわかったのは、受診したレディースクリニックでたまたま子宮頸がんの検査を受けたことだったそうですね?
井口綾子(以下同) 実はコロナ禍に生理不順になり、低用量ピルを飲み始めていたんです。半年に1度くらい血液検査をするのですが、そのタイミングで「子宮頸がんの検診も受けてみませんか?」と言われたことがきっかけでした。
確かに今まで婦人科系の検査は一度もしたことがなかったですし、そのときはほんの軽い気持ちで受けたんです。
それが2024年の春くらい。子宮頸部をこすって細胞を採取するのですが、検査の結果、中等度異形成と診断されました。子宮頸部異形成は軽度・中等度・高度に分類されていて、軽度と中等度の場合、自然治癒する可能性もあるので経過観察をします。
私はそれまで大病をした経験もないくらい健康体でしたし、少し不安を抱きつつも、それほど深刻に捉えてもいなくて。「まあ、きっと正常に戻るだろう」とポジティブに考えていました。
──子宮頸部高度異形成と診断されたのは?
1年後です。2025年の5月に検査を受けたら高度に進行してしまっていて、手術しなくてはならなくなりました。「子宮頸部を切る」と聞いて一番不安だったのは将来の出産のこと。
手術をすることで切迫早産や切迫流産のリスクが高まるという説明を受けました。私はまだ結婚もしていませんが、いつか子供が欲しいという夢があります。もしかしたらその夢をあきらめなければいけないかもしれないと思い、とても辛かったですね。
──どなたかに相談はされましたか?
母には中等度の診断を受けたタイミングで相談しました。高度とわかってからは、医師をしている叔母と一番上の兄にも相談し、婦人科の知り合いにどんな治療の選択肢があるかを聞いてもらいました。
ただ、父に病気のことを伝えるまでには、かなり時間がかかりました。子宮頸がんの主な原因はウイルス感染が関係している病気であることを知り、誤解されてしまうのではないかという不安や、必要以上に心配させてしまうのではないかという思いがあったからです。
それでも、いつまでも伝えないわけにはいかないと思い、まずは叔母や兄に相談しました。自分の気持ちを整理する時間を経て、その約1週間後、ようやく父にも病気のことを伝えることができました。
──どんな反応でしたか?
やっぱりすごく重く受け取られましたね。父はとても心配性なんです。自分はいますごく幸せなので、いつか採算を合わせるために家族に不幸なことが起こるんじゃないかと不安に思っていたらしくて。私の病気も私以上に深刻に捉えていました。
──それは辛かったですね。治療については、どんな可能性があったのでしょう?
病変を切除する子宮頸部円錐切除術と、レーザーを照射して病変を焼く子宮頸部レーザー蒸散術の2種類があるのですが、私としては出産時のリスクを可能な限り抑えたくて。まずレーザー治療を選択し、数年後にもし妊娠できた場合、出産後に円錐切除術を受けても遅くないんじゃないかと思ったんです。
ところがレーザーでは正確な病理診断ができないことがあること、妊娠中にホルモンの影響でがん化が進み手遅れになるケースもあるとのことで、やっぱり円錐切除術をおすすめされました。
確かに私の命のことを考えたらそれがベストかもしれないけれど、出産もあきらめたくない。別の医師に聞いたら違う意見が出るかもしれないと思い、さらにいろんな方に聞いてもらいました。でもやっぱり、どの先生からも円錐切除術をおすすめされたので、手術を受けることを決意しました。
──さまざまな可能性を模索されたんですね。
切除する深さによっても早産や流産のリスクの可能性が変わってくると聞いたので、なるべく温存してもらえるよう、病院や担当医も慎重に選びました。おかげで切除部分の深さを1.3cmという最小限に抑えていただき、その後の病理検査の結果でもがん化していないことがわかりました。













