怒る指導の弊害

村中直人(以下、村中) いま、社会全体で「ハラスメントを防止しよう」「暴力や暴言はいけない」という流れが進んでいますが、スポーツ界にはまだまだ不適切な指導が横行しているように思われます。

日本スポーツ協会が設置した暴力パワハラ問題の窓口(「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」)への相談傾向を見ると、体罰などのはっきりした暴力は減っている一方、暴言や差別、無視、罰走などが増加しています。ある種、やり方が陰湿化しているとも言えますね。

問題視されながらも、スポーツにおける不適切な指導はなぜ一向になくならないのか。

その背景に、「つらい思いをしないと強くなれない」という強固な思い込みがあるからではないかと私は思っています。ご自身の経験を振り返ってみて、大山さんはどう思われますか?

大山加奈(以下、大山) おっしゃる通りだと思います。私自身も、「勝つためには厳しい練習を積んで、苦しい思い、つらい思いをしなければいけないんだ」と思い込んでいました。いまはだいぶ考え方が変わりましたけど。

春の高校バレー2016 女子 決勝の様子を見守る大山加奈氏(写真/アフロスポーツ)
春の高校バレー2016 女子 決勝の様子を見守る大山加奈氏(写真/アフロスポーツ)
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村中 怒られたり、暴言や暴力などを浴びせられたりすると、強いネガティブ感情が湧きます。この危機的状況を回避しようと、脳は「防御(ディフェンス)モード」に入ります。身を守るためには、戦うにしても逃げるにしても瞬時に行動しなくてはいけない。だから、脳が防御モードになると行動が早くなるんです。

ところが、叱る側はそれを「ほら、きつく言ったら変わったじゃないか」「こうやって叱ることは効果的だ、即効性がある」と誤解してしまいます。実際には、身の危険を感じて「反応」しているだけで、本質的に変わったり成長したりしているわけではないんですけれども。

大山 ああ、実感的にわかります。怒られると、たしかにその後の行動が早くなります。だけど、思考停止してしまいますよね。

村中 そうなんですよ。即座に反応することはできますが、自分で考えなくなります。じっくり思考を働かせることや、主体的・自律的に行動することができなくなるのです。怒られないようにするには、言われた通りにやるのが一番安全なわけですから。