心が揺れる人間

今の日本では、死刑存置論者と死刑廃止論者が激しい論争を繰り広げている。死刑存置論者による死刑廃止論者への反論によく使われている問いの一つに、「もしあなたの家族や親族が犯罪で殺されても、まだ死刑廃止を主張するのか」がある。

筆者が思うに、いくら死刑廃止論者と言っても、よほどの確信的な人間でなければ、身内の誰かが殺されたり、ひどい目に遭ったりしたら、やはり筆者と同じように、「例外的に、またはこの事件だけは犯人を死刑にしてもよい」と思うことがあるはずである。

逆に、いくら死刑存置論者であっても、よほどの確信的な人間でないと、死刑囚に哀願されたり、脳みそと血が飛び出したりするような執行場面を目の当たりにしたら、筆者と同じように心がどこかで動いて、「他の方法はないのか」と思うことがあるはずである。

今の日本では、国民の8割近くが死刑の存置に賛成しているが、これほど高い死刑支持率を保っているのは、日本での死刑執行は行刑密行主義に沿い、極めて密室的なやり方で行われ、ごく少数の関係者以外には誰も死刑執行の場面や状況を見ることも、知ることもできないからであろう。

中国の銃殺刑の現場に立ち会って死刑制度の是非を考えた…人間は誰しも死刑存置論者、死刑廃止論者両方になりうる存在である_3
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もし死刑囚に対する絞首の生々しい場面や過程を一般国民が見聞きできるようになったら、日本での死刑支持率はかなり下がるのではないかと筆者は思う。

このように、我々人間は感情や感覚のある動物である。その感情や感覚は場面によって揺れ動くものであり、また変わるほうがむしろ自然である。筆者は「死刑を廃止すべきである」と思っている人間ではあるが、「死刑は存置すべきである」と言う人間に対しても、その気持ちを理解できるように常に思っている。

文/王雲海
写真/shutterstock

日本の刑罰は重いか軽いか
王雲海
日本の刑罰は重いか軽いか
2008/4/22
715円(税込)
199ページ
事件や裁判に対する国民の関心が、高まっている。裁判員制度の導入など、さまざまな司法改革も進められている。また、死刑制度に関する議論も盛んである。そもそも、日本で犯罪とされる行為や、与えられる罰には、どのような傾向があるのだろう? 日本の刑罰は重いのだろうか。それとも、軽いのだろうか。日本の刑罰制度の特徴や、その背景について、米国や中国の事情と比較しながら、具体例を挙げつつ分かりやすく解説していく。
 
【目次】はじめに/第1節 犯罪とは何か/第2節 刑罰とは何か/第3節 比較の視点がなぜ必要なのか/第4節 日本の刑罰は重いのか/第5節 日本の刑罰は軽いのか/第6節 日本の犯罪と刑罰の特徴はどこにあるのか/第7節 犯罪と刑罰の国による違いはどこから来たのか/おわりに 日本の刑罰をどう見るべきか
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