労働小説の勃興

働き方改革の時代性は、読書の世界にも影響を及ぼす。

実はリーマンショックを経た2000年代末から2010年代、労働というテーマが小説の世界で脚光を浴びていた。

たとえば非正規雇用の女性が主人公である津村記久子の小説『ポトスライムの舟』(講談社)が芥川賞を受賞したのは2009年(平成21年)。企業を舞台にした池井戸潤の小説『下町ロケット』(小学館)が直木賞を受賞したのは2011年(平成23年)。就職活動をテーマとした朝井リョウの小説『何者』(新潮社)が同じく直木賞を受賞したのは2013年(平成25年)。

どれも「働き方」や「働くこと」の是非を表現した小説だった。

さらに2016年(平成28年)に発売され芥川賞を受賞した村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋)はベストセラーとなった。本書はコンビニで働く女性の物語なのだが、コンビニで働くことで自分を「普通」に適合させるのだと主人公は感じている。

つまり労働が主人公の女性にとって、実存そのものの問題となっている。

「意志を持て」「ブラック企業に搾取されるな」「投資しろ」「老後資金は自分で」働き方改革と引き換えに労働者が受け取ったシビアなメッセージ_3
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ほかにも、『舟を編む』(三浦しをん、光文社、2011年)、『銀翼のイカロス』(池井戸潤、ダイヤモンド社、2014年)など、仕事をテーマにしたベストセラーも登場し、ドラマも労働の風景を描いた『半沢直樹』(TBS、2013年)、『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS、2016年)が高視聴率を獲得した。

2000年代半ばには「純愛」ブームがあったが、2010年代は、「労働」ブームだったと言えるだろう。

ちなみに、2010年代の労働の捉え方については、拙著『女の子の謎を解く』(笠間書院、2021年)で解説したので、興味のある方はそちらで読んでみてほしい。

写真/Shutterstock

なぜ働いていると本が読めなくなるのか
三宅 香帆
なぜ働いていると本が読めなくなるのか
2024年4月17日発売
1,100円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721312-6

【人類の永遠の悩みに挑む!】
「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。

「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。
自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。

そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは? すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。

【目次】
まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
序章   労働と読書は両立しない?
第一章  労働を煽る自己啓発書の誕生―明治時代
第二章  「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級―大正時代
第三章  戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?―昭和戦前・戦中
第四章  「ビジネスマン」に読まれたベストセラー―1950~60年代
第五章  司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン―1970年代
第六章  女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー―1980年代
第七章  行動と経済の時代への転換点―1990年代
第八章  仕事がアイデンティティになる社会―2000年代
第九章  読書は人生の「ノイズ」なのか?―2010年代
最終章  「全身全霊」をやめませんか
あとがき 働きながら本を読むコツをお伝えします

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