「報道のキリトリ」と「実際の議論」との相違点

しかしながら72分の議論を全て視聴する時間を捻出できない読者も多いと思われるため、本記事では5つの観点に絞ってそのギャップを説明していく。

図版=筆者作成
図版=筆者作成

<観点1:事業見直しを主導したのは誰か> 

これは一般的には、「科学に疎い蓮舫議員」であったと報道されているが、正しくは「スパコンの利用者2名を含む参加者全員の総意」と思われる。
根拠は、当該会議の終了時に「事実上の凍結」と判定された際に評価者たち(国会議員および民間有識者)が残したコメント。実にすべてが本事業の経緯や妥当性に疑問を呈しており、大幅な見直しを求めている。

出典:2009年11月13日 行政刷新会議 第3WG 事業番号3-17「理化学研究所①次世代スーパーコンピューティング技術の推進」評価結果 P1
出典:2009年11月13日 行政刷新会議 第3WG 事業番号3-17「理化学研究所①次世代スーパーコンピューティング技術の推進」評価結果 P1

必然的に、評価者全12名の判定(1時間11分36秒〜1時間12分16秒)は以下の通り厳しいものとなった。
・廃止 1名
・予算計上見送り 6名
・予算要求の縮減 5名(半額3名、その他2名)

さらに、この評価者にはスパコンの利用者である民間有識者も2名含まれていた。

・金田康正 東京大学大学院教授 (円周率の桁数計算で世界記録を次々と更新した実績あり)
・松井孝典 東京大学名誉教授
*役職は当時

こうした民間有識者も本事業に否定的な結論を下したのだ。というか、専門的な知見を持っているからこそ文科省・理研の説明の矛盾を見抜き、当該会議全体を通して最も厳しい意見を繰り返した。

<観点2:事業見直しの理由>

こちらも一般的には、「蓮舫議員が1位を獲るべき重要性を理解できなかったため」と言われているが、正しくは「数々の不安要素を文科省・理研が説明で解消できず、見直しが妥当な状況だったため」と思われる。
以下の通り、本事業をめぐる不安要素は山ほどあった。

・当初は理研に民間ベンダー3社(富士通・NEC・日立)を加えた共同プロジェクトだったが、うち2社(NEC・日立)が撤退。NECとは損害賠償を準備するほど関係が悪化し、産業界との関係再構築、ニーズ把握からやり直す必要がある状況だった 
*後にNECとの係争は現実化し、2年以上後の2011年12月に和解
 

・ベクトル型に強みを持つベンダー2社(NEC・日立)の撤退と関連して、ハードが複合型(ベクトル型+スカラ型)からスカラ型へ抜本的に変更。ソフトを同時開発する意義に疑問符が付いた 
*スカラ型とベクトル型の違いは内閣府ウェブサイト参照

・仮に10ペタ(≒スピード世界1位)の性能を実現できても、アメリカ等の開発状況を加味すると他国にすぐ抜かれる可能性が高いため、日本が1位を維持できる期間はわずか 
*ペタ:10の15乗(=1000兆)を表す接頭辞 
*実際、2011年に日本のスパコン「京」は世界1位のスピードとなる10.5ペタを実現するも、1年後には抜かれた

これだけの不安要素が山積みの中、それでも1位を獲るべき理由を約6回質問されたにもかかわらず、文科省・理研は最後まで「とにかく1位を獲りたい」「なぜならば、世界一は国民に夢を当てる」等の抽象的な回答しかできなかった。そのため見直しが妥当な状況となったのだろう。