流布するレモンへの誤解
なぜ人は、レモンに惹かれるのか。この謎を考える前に、レモンにまつわる二つの誤解を取りあげたい。
誤解その1は、レモンがビタミンCの王者のように思われていることだ。
巷に溢れる「レモン○個分のビタミンC」と表示された食品の数々。出どころは、1987年(昭和62)に農林水産省が制定した「ビタミンC含有菓子の品質表示ガイドライン」だ。
健康食品や自然食品といった新しいタイプの食品が増えてきたことを受け、その判断基準を提供するために設けられた指針だった。2008年(平成20)に廃止されたが、清涼飲料業界では今もこの基準を踏襲している。
基準値の「レモン一個分のビタミンC」は20ミリグラム。厚生労働省が定めた一日に推奨される摂取量は100ミリグラムであることを考えると、意外と少ない。ただし、表示の「レモン一個分(約120グラム)」に含まれる果汁のみを対象に換算されたものだ。
文部科学省の食品成分データベース(2024年2月6日閲覧)によれば、果肉まで含めると、生のレモン100グラム当たりに含まれるビタミンC量は100ミリグラムになる。
はたしてこの量は多いのだろうか。同データベースでビタミンC含有量のランキングを見ると、レモンは36位。1位は酸味種の生のアセロラで、1700ミリグラムと桁違いに多い。
レモンより上位を見ていくと、意外なところではせん茶が5位で260ミリグラム、焼きのりが8位で210ミリグラム、生の赤ピーマンが12位で170ミリグラム。もっともせん茶は一人分が3〜5グラム、焼きのりは一枚3グラムが標準だから、100グラムも摂るのは現実的ではない。
とはいえ、同じ香酸柑橘でも生のゆずが14位で160ミリグラムと、ビタミンCは決してレモンの専売特許ではないことがわかる。
そしてこのランキングを眺めて気づくのは、ビタミンCを多く含むものが必ずしも酸っぱいとは限らないことだ。レモンとビタミンCとが強く結びつけられたため、酸っぱいものにはビタミンCが多く含まれると思いがちだが、レモンの酸味の正体はクエン酸である。これが誤解その2だ。
ただ、誤解が生まれたのも無理はない。レモンとビタミンCは、ビタミンCが発見されるよりもっと前から関係を築いてきたからだ。