組織論という視点の導入

一方フジテレビプロデューサー(当時)の亀山千広にも、これに連なるひとつのアイデアがあった。それは、組織論という視点からの刑事ドラマである。

新たな刑事ドラマを構想するにあたり、亀山はこう考えた。バディもので行っても、すぐ近くに人気の『あぶない刑事』があって勝てない。また刑事部屋が中心となると、まだ記憶に新しい『太陽にほえろ!』がすでにある。

そう思いあぐねていたとき、高村薫の直木賞受賞作『マークスの山』(1993年刊行)を思い出した。刑事が主人公の重厚な推理小説だが、そこには「管理官」などの当時はまだ聞き慣れなかった警察の役職名が色々と出てくる。そこに亀山千広はヒントを得て、組織論というアイデアを考えついたのである(『キネマ旬報』2008年12月下旬号、64頁)。

直木賞を受賞し、100万部を超えた大ベストセラーとなった高村薫『マークスの山』
直木賞を受賞し、100万部を超えた大ベストセラーとなった高村薫『マークスの山』

君塚良一は、ほかにゆうきまさみの漫画、押井守のアニメ映画で有名な『機動警察パトレイバー』(これは演出の本広克行の好きな作品でもあった)も参考にしたと語っている。この作品にも、警察官をサラリーマンとしてとらえる視点があった(TVぴあ責任編集『踊る大捜査線 THE MAGAZINE』、47頁)。

こうして、サラリーマンであるひとりの刑事が警察という厳格な組織のなかで苦闘しながら自らの生きかたを模索するというドラマの骨格が出来上がった。刑事ドラマにおける「警察ドラマ」という新たなジャンルの誕生である。

青島俊作と室井慎次の対立、そして友情

警察ドラマ的な部分は、主人公青島俊作が周囲とのあいだに起こす摩擦としてまず示される。

青島の前職はコンピュータメーカーの営業。成績優秀な営業担当者だったが、ふと思い立って刑事になろうと考えた。つまり、脱サラの転職組である。年齢は26歳。

その理由も、キャリアアップのためや高邁な理想があってというよりは、ただ憧れでなんとなくというのが面白い。刑事ドラマに出てくるようなカッコいい刑事の姿に憧れていたのである。

第1話冒頭の模擬取り調べの場面でも、青島が犯人役に田舎のおふくろさんの話をわざとらしく持ち出し、「かあさんが~よなべーをして♪」とささやくように歌い出したかと思えば、今度は「カツ丼食べるか?」と言い出して、別室からモニターでチェックしていた審査役の上司たちをあきれさせる場面がある。

だから当然、厳しい上下関係と細かい規律を重視する警察の流儀は肌に合わない。むしろ期待とはあまりに異なる職場に失望の連続である。

モッズコートがトレードマークの青島
モッズコートがトレードマークの青島

一方、厳格な警察組織の象徴として登場するのが、柳葉敏郎演じる室井慎次である。ドラマ初登場時の室井の役職は警視庁刑事部捜査一課の管理官。「管理官」とはその名の通り警察における管理職のひとつで、各課に存在する。

室井の場合は捜査一課なので、重大な事件が起こった場合には捜査本部のトップとして陣頭指揮を執るという立場だ。複数の係にまたがって責任を持つので、同時に複数の事件の責任者になることもある。

管理官なる人物は、それまで刑事ドラマにまったく出てこなかったわけではないが、これほど全面的にフィーチャーされたのは『踊る大捜査線』が初めてだろう。

現場を軽んじることはないにせよ、それでも現場の刑事の思いよりも警察組織の秩序を優先する決断を下すことも少なくない。そして同じ現場でも、青島ら所轄の刑事の思いはなおさら軽んじられやすい。その対立関係が、この作品の物語展開におけるひとつの重要モチーフになっている。

ただ、「部下の気持ちがわからない冷徹な上司」で終わらないところが、この『踊る大捜査線』における室井慎次の魅力だ。

室井慎次は、いうまでもなく国家公務員採用総合職試験(旧・国家公務員採用Ⅰ種試験)を突破したキャリア組に属する。劇中ではその後も出世して警視監という非常に高い地位に就くことになる。ただ、それまでの道のりは決して平坦ではなかった。

青島と対照的にクールな性格で、スーツでかっちり決めている室井
青島と対照的にクールな性格で、スーツでかっちり決めている室井

まず、学閥の壁があった。室井はキャリア組のなかでは少数派の東北大学出身。公務員試験に強い東京大学出身者が圧倒的な主流派を形成するなかで、どうしても不利な立場に置かれてしまう。このあたりは、一般企業にも存在するであろう派閥の力学がより強固なかたちで描かれる。

だが室井は、刑事という職業に対する青島の一途な思いに触発され、自らの考える理想の警察を実現するために警察組織の旧弊な部分と断固戦うことを決意する。

そして捜査のなかでぶつかり合いながらもお互いの力量を認めるようになり、いつしか2人のあいだには立場の違いを超えた同志としての絆が生まれてくる。

その意味で、『踊る大捜査線』は、それぞれの理想の警察を求める青島俊作と室井慎次の友情物語でもある。