上野千鶴子の祝辞

2019年の東大入学式の祝辞で、東大の名誉教授で社会学者の上野千鶴子は、入学生の8割が男性で占められる東大生に向かって「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください」と説いて議論を呼んだ。東大のいびつな学生男女比、均質な出身高校や出身地域は決して自然の結果ではない。

今の日本社会では、どれほど潜在的に才能豊かでも、たとえば地方の町村で生まれ育った経済的に厳しい環境にある女性が東大を受験して、合格する可能性はものすごく低いのが実情である。上野はこのような社会の意味を真剣に考えるよう新入生に促した。

「あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価」してくれるような、安定した家庭の男子が優遇される社会が日本にはある。「頭が良い」だけではなかなか東大には合格できない。東大に合格するにはもともとの才能を発揮することを可能にする特殊な環境が必要なわけであるが、現状、それにアクセスできるのは都会の中流以上の家庭の男子が圧倒的に多いのである。

東大生を描写するにあたり、よく「地頭」という言葉が使われる。それは生まれ持った頭の良さを意味しており、あたかも東大に入ることが優れた地頭の証あかしであるかのごとく語られる。学生のみならず教職員も好んでこの言葉を使うし、企業の採用担当者のなかには、「東大生は地頭が良い」からと在学中の成績などをまったく気にしないこともあると聞く。

なぜ東大生の8割は男性なのか?「男女比の偏りが慢性的な差別的発言を生んでいる」という女性学生の危機意識_4
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しかし上野が指摘するように、東大には天性の才能だけではなかなか合格できない。知識と努力だけでなく、テストに向き合う技術やそれに関連する情報へのアクセス、両親と教師の理解と支援、さらにそれを支える資金が必要で、加えて社会が男子に持たせる夢と期待や、東大受験を可能にする都市の私立男子中高一貫校の存在も大きく影響する。

東大に入る「地頭」は生まれ持ったものだけでは成立せず、多様な要素が絡み合って初めて成立するものである。当然、そこにはジェンダーの力学が大きく作用している。

図/書籍『なぜ東大は男だらけなのか』より
写真/shutterstock

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矢口祐人
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1,089円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4087213034
「男が8割」の衝撃――。女性の“いない”キャンパス。現役の教授による懺悔と決意。これは大学だけじゃない、日本全体の問題だ!

2023年現在、東大生の男女比は8:2である。日本のジェンダー・ギャップ指数が世界最下位レベルであることはよく知られているが、将来的な社会のリーダーを輩出する高等教育機関がこのように旧弊的なままでは、真に多様性ある未来など訪れないだろう。

現状を打開するには何が必要なのか。現役の副学長でもある著者が、「女性の“いない”東大」を改革するべく声を上げる!

東大の知られざるジェンダー史をつまびらかにし、アメリカでの取り組み例も独自取材。自身の経験や反省もふまえて、日本の大学、そして日本社会のあり方そのものを問いなおす覚悟の書。
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