二人で来なければいけないバースデイキャンプ
大きな背中に必死にしがみついていた。温かかった。エンジンの轟音と風を切る音しか聞こえない約3時間半。ようやく目的地の湖に到着した。自分はただしがみついていただけなのに、達成感がある。
「よし、降りていいぞ」
父に言われて、緑川ソウタはバイクから飛び降りた。長いことエンジンに揺さぶられ続けたせいで、船から下りたときのように、なんだか体がふわふわする。
この日はソウタの11歳の誕生日だった。父と子のいわばバースデイキャンプに来ている。
「うわぁ、富士山がおっきい!」
ヘルメットを脱ぐと、ソウタは西日に照らされる巨大な富士山を仰いだ。キャンプ場を囲む山の緑のところどころに、もみじの赤や黄色が差し色となって、鮮烈なアクセントを加えている。湖面は穏やかにさざなみ、うっすらと映る逆さ富士を揺らす。
ひんやりとした風に乗った焚き火の香りが、鼻をかすめた。ソウタは大きく深呼吸する。空は高く晴れているが、空気はなぜか湿っていた。
「おーい、ソウタ。これを持てるか?」
バイクのエンジンを切った竹晴は、くくりつけてあったテントの袋を降ろしながら、息子に呼びかけた。
「うん!」
事務所で竹晴が手続きするあいだ、ソウタは茜色に染まっていく富士山をじーっと観察していた。
「テントを張っていいのは、あっちの広場だ。日が暮れる前に、急いでテントを立てよう。どのあたりがよさそうかな?」
幸い、キャンプ客はまばらで、テントサイトには余裕があった。
「パパ! あの大きな木の近くなんていいんじゃない?」
「よし、じゃあ、そうしよう! テント、自分で張れるか?」
「僕、できるよ。サマーキャンプで何度もやったから」
「よーし、やってみよう」
ソウタは夏休みのうち約1カ月間、親元を離れ単身で長野のサマーキャンプですごした。日中はさまざまなアウトドアアクティビティーをやらせてもらい、食事も子どもたちで自炊し、夜はテント泊する。
テント泊には少々辟易していたので、サマーキャンプから帰って来るなり、こんどは二人でキャンプに行こうと誘われたときには、正直、「え、また?」と思ってしまった。でも、今回ばかりは二人で来なければいけない理由があることを、ソウタも知っていた。
ふたりは慣れた手つきでテントを張り、荷物を中に収める。