お金をかけても勝てるとは限らない
―― カムナビに関わる人々は、日高の小さい牧場から始まり、良血馬がなかなか入ってこない廐舎、技術はあるが勝ち鞍にいまひとつ恵まれないジョッキーといった人たち。彼らがカムナビと出会うことで変わるチャンスを得ます。そういう夢を描ける世界なんですね。
夢がないとやっていけない世界でもあるんですよ。例えば馬主さんの中には、一頭の馬を三億、四億出して買う大金持ちがいますが、そういう人たちでも馬で儲けようとはこれっぽっちも思っていないんですよね。みんな夢を買っていると言うんです。
どんな夢かというと、ダービー馬のオーナーになること。でも五億円出して買った馬がダービー馬になる確証はどこにもない。デビューする前に怪我をして死んでしまうことだってありますし、デビューしたけれど全然走らないということもある。
――『フェスタ』を読んでいて、印象に残ったのは「馬はわからない」という言葉です。
馬の血統や、体格や走る姿を見て、この馬は走りそうだと競りで買うんですけど、実際に走るのはほんの一握り。GⅠまで勝つ馬なんていうのは神様ですよ。逆に競りで五百万ぐらいだった馬がGⅠを勝っちゃったりもしますしね。
―― 何が起きるかわからない。小説の舞台としてすごく面白い世界なんですね。
そうですね。言ってしまえば何でもあり。ただ基本は無視はできないです。やっぱり血統とかいろいろな要素があるので、それを無視すると成り立たなくなる。
――『フェスタ』はその辺りの描写もすごく緻密ですよね。私は競馬についての知識がほとんどないのですが、つまずくことなく読めました。
競馬を知らない人が読んでもわかるようにというのは常に気をつけて書いています。
――『フェスタ』を読んで驚いたのは、日本の競馬と海外の競馬では大きな違いがあるんだなということです。
お国柄が出るんですよね。アメリカなんか、アメリカ人の気質を反映して、レース開始と同時にダーッと全速力で走って、最後まで粘れるか、みたいな競馬だし、ヨーロッパは、ゆっくりゆっくり行って、最後の直線でバーッと走る。日本はその折衷みたいな感じですね。
―― だからこそ勝てる馬のタイプも違う。
そうです。日本のダービーで強い馬が凱旋門賞に行っても勝てないし、逆に向こうの馬が日本に来ても勝てないんですよ。
―― 世界的に競馬が広まって、それぞれの競馬文化をつくっているというのは面白いですよね。
本当に文化ですね。ヨーロッパの大きなレースは観客が競馬場に着飾って集まりますから。オーストラリアにはメルボルンカップという大きなレースがあって国民的行事になっています。メルボルンカップで日本の馬が勝ったことがあるんですが、その時に乗っていた岩田康誠さんというジョッキーが、今でもオーストラリアで一番有名な日本人だそうです。
―― 欧米ではジョッキーの社会的な地位も高そうです。
そうだと思います。イギリスでは名騎手や名調教師が騎士(ナイト)の称号をもらっています。亡くなってしまいましたが、エリザベス女王(二世)が大の競馬ファンで、自分のサラブレッドをレースに出したりしていました。
ステイゴールドが降りてきた
――『黄金旅程』は犯罪が絡んできてサスペンス要素もありましたが、今回はストレートに競走馬をめぐる胸アツな物語になっています。悪いやつを出してやろうとかは思わなかったですか。
今回は思わなかったですね。登場人物のほとんどがホースマンじゃないですか。馬と関わると、心根の悪い人たちは淘汰されていっちゃうんですよ。馬に対する愛がない人たちはどこか途中でいなくなってしまう。馬への愛がないとやっていけない職業だと思います。
――『フェスタ』の中でもカムナビを担当するベテランの廐務員の小田島がいいんですよね。馬のそばにいたいという気持ちが伝わってきて。カムナビのせいで入院するはめになったりもしますが。
馬が好きな人じゃないとできない仕事だと思います。冬でも夏でも毎朝早くから起きて、馬の世話をして。生き物相手だから長い休みなんてめったにとれないですしね。
―― この作品を読んで競馬に対するイメージが変わる読者が多いと思います。愛と夢がキーワードの競馬小説だなと。
競馬はギャンブルとしての側面もあるのできれいごとだけではないんですが、ほかのギャンブルと違って、純粋に馬が好きで競馬を見に行くファンもたくさんいるんですよ。とくに最近は『ウマ娘 プリティーダービー』から入ってきた「ウマ女」という女性ファンもいて、すごく熱心ですよ。
――『フェスタ』はそういう方たちにもぜひ読んでほしいですね。ネタバレしないようにお聞きしたいのですが、物語のクライマックスとなる凱旋門賞の場面をお書きになった時はどうでしたか。
最後の最後までカムナビを凱旋門賞に勝たせようかどうしようか悩みながら書いていました。その時にステイゴールドが降りてきたんです。俺の血が入ってるんだぞ、と。それであのシーンとあの結果になりました。
―― 鳥肌が立ちました。それこそ神がかっている場面で、読んでいて本当にドキドキしましたね。『黄金旅程』『フェスタ』、その間に『ロスト・イン・ザ・ターフ』(文藝春秋)もお出しになり、競馬の世界を描いた作品が続いています。競馬にまつわる物語はこれからもお書きになりますよね。
ええ。本当に競馬は物語の宝庫なんですよ。これからも書いていきたいですね。