目の前をお金が素通り
それでも勤務医より全然高いではないかという声が聞こえてきそうである。それはその通りであるが、世の中の仕組みはよくできていて、日本の税制は累進課税制度を取っている。医師の収入を解説した書籍やYouTubeはよくあるが、なぜかそこでは税金については全然触れられていない。
問題は、どれくらい手取りがあるかである。開業医がどれほど税金を払っているかを知ると、ちょっとみなさんは驚かれるのではないだろうか。
行列のできるクリニックの院長先生が、年収3900万円を稼ぐとどうなるか。以下、煩雑になるので、「扶養控除」や「社会保険料控除」などの所得控除は考えないで大雑把な計算をする。(3900万円×0.4)-279万6000円=1280万4000円の所得税がかかる。
住民税は10%だから、390万円である。合計で1670万4000円が税金としてかかってくる。このほかに所得に応じて事業税というのがあり、数十万円収めることになる。当然、社会保険料も支払う。
3900万円の収入を得ても、手元に残るのは、約2230万円である。十分高額であるが、半分近くが税金で持っていかれるのは、まるで目の前をお金が素通りしていくようなものだ。
勤務医の平均給与は厚労省の資料では1479万円だった。これを表に当てはめると、所得税は約334万円である。住民税(10%)を加えて約482万円となり、手元には1000万円弱が残る。もちろん社会保険料も天引きされるが、それを含めても手元約1000万円というのはかなり正確な数字だろう。
前に述べたように、ぼくは31歳から33歳まで一般病院(県立病院・市立病院)に出向した。明細書はさすがにもう手元にないが、3年間で2000万円貯金したことをよく覚えている。独身だったし、生活費以外は使わなかったので、毎年700万円を貯めたのだろう。おそらく手取りは、やはり年1000万円に近かったのではないか。
平均的な勤務医と、行列のできるクリニックを比べると、手にする金額はおよそ2倍の違いがあるということになる。だが、すいているクリニックとなると、どちらが上かはかんたんには言えない。たぶん勤務医の方が上であろう。そう、つまり開業医というのは大きなリスクを背負っているのであり、そのリスク代がこの金額差なのかもしれない。
ぼくは大学に勤務していたとき大きな病気をして26日間休んだことがあったが、有給休暇などの枠を秘書さんがうまく使ってくれて、月収は保たれた。しかし開業医が26日休んだら、利益が出ないどころかその月は赤字である。人件費も家賃も自動的に出ていく。
2020年は新型コロナのパンデミックで患者数が大きく減った。診療控えと感染防止策の徹底で感染症が激減したからだ。100年に一度の感染症爆発など予測がつくわけがない。このとき、ぼくの年収は前年の61%に落ち込んだ。この先、一体どうなるかとさすがに不安になった。とにかく開業医は働き続けなくてはならない。夏休みや正月休みを取れば、その分、ガクンと収入が減る。
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