〔〕内は集英社オンラインの補注です

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製薬会社抜きでの創薬事業

設立されたベンチャー会社〔ネコ薬を製作するために設立された会社〕では、2017年からAIMのネコ薬の開発作業が開始された。

しかし、私が研究者としてAIMが腎臓病をはじめとした病気に効果があることを証明すれば、すぐAIMが薬になるわけではない。製品としてのAIM薬を作っていかなくてはならないわけだ。

猫の寿命が大幅に延びるAIM投薬リリース前夜…かつてないほどスムーズに創薬が進んでいる理由とは_1
甘えたがりのきょろくん
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一緒に開発するX社も、医療や製薬とはまったく無関係な会社なので、完全に素人である。普通は、私たち研究者の研究成果を、プロである製薬会社が「薬」にしていく、というのが常道だが、今回は製薬会社抜きで、一介の研究者が製薬とは縁もゆかりもないパートナーと組んで薬を作るという大きなチャレンジになった。

おそらくいままで、このような形で創薬がなされたことはないだろう。成功すれば、まったく新しい創薬事業形態のモデルになる。これは一種の社会実験ともいえた。

さて、創薬開発には、二つの大きなプロセスがある。一つは文字どおり「薬を作る」ということだが、これは大きく二つのステップに分かれる。

最初にAIMの大量生産ができるようにする必要がある。

タンパク質であるAIMは化学的に合成できないため、培養細胞にがんばって作ってもらうしかない。合成できるのであれば、大量生産は簡単なのだが、細胞がタンパク質を作る能力には限度があるから、いろいろ工夫をして、細胞の能力限界ギリギリまで、できるだけたくさんAIMを作らせるようにしなくてはならない。これがなかなか難しい。

大量生産ができるようになったら、今度は培養細胞に作らせたAIMを、ネコたちの体の中に注射しても問題がないように、不純物のないきれいなAIMに精製する必要がある。

しかも、この両方のステップを、「信頼性基準」というたくさんの細かい条件をクリアする形で確立せねば、でき上がったものを薬として認めてもらえない。とにかく非常に手間とお金がかかるのである。

もう一つのプロセスは、実際の患者ネコにAIMを投与して行う研究、一般に「治験」と呼ばれる臨床試験である。

治験をなるべく短期間で成功させるためには、AIMを腎臓病のどのフェーズで、どのくらいの回数どの程度の量を投与するのがよいか、また投与は静脈注射がいいのか皮下注射がいいのかなどを検討し決定しなければならない。そして、それをもとに臨床試験のプロトコール(手順)を決める。

動物薬の場合、臨床試験は1回のみなので、必ず成功させる必要がある。

猫の寿命が大幅に延びるAIM投薬リリース前夜…かつてないほどスムーズに創薬が進んでいる理由とは_2

そのため、事前に実際のネコでAIMの投与に関する方法を固めておかなくてはならないのだ。これまで小林先生に協力いただいて少数の患者ネコで検討してきたが、今後は、よりたくさんのネコで研究する必要がある。

最初のAIMを薬にしていくプロセスは、パートナーのX社から絶対的な信頼をもらっていることで、とても速く進んだ。一つひとつの工程に関する決断がとても速いのが理由だ。いちいち会議を開いて検討する必要がなく、私たち研究者側の判断で事をどんどん進めていける理想的な開発工程となった。

このような薬作りの工程に必要な技術と設備(数百〜数千ℓの容量がある巨大な培養装置が必要となる)を持ち、実際の作業を請け負う受託会社と共同し、最初は日本で、その後は台湾で開発を進めた。

また、そのような開発の基礎研究を行うために、東大内にAIM創薬研究に特化した講座をX社の寄付金で開設し、私の本来の研究室でAIMと病気との関係のより基礎的な研究を行うのとは別に、独立してネコ薬の研究を進めた。