「漫画は意図していなくても、奇跡的に設定が嚙み合って展開して行く」

ということで、私は考えました。青い瞳を持っているがロシア人ではなく、樺太でアイヌ女性と結婚していてもおかしくはない立場の人とはどういう人か。そこで思いついたのがポーランド人です。

ポーランドは18世紀末に、近隣の大国であるロシア帝国、プロイセン王国、オーストリアによって分割され、一度消滅しました。そして19世紀初めにはナポレオンによってワルシャワ公国が成立しましたが、1815年のウィーン議定書によって解体され、その4分の3がロシア皇帝の領土となり、ロシア皇帝が国王を兼務するポーランド立憲王国となりました。実質的にロシアの支配下に置かれてしまったわけです。

1863年にはポーランド・リトアニア連合王国の復活を目指す人々が「1月蜂起」を起こしますがロシア帝国に鎮圧され、4万人がシベリアに流刑となりました。このシベリア送りになったポーランド民族主義者の中に、ウイルクの父親がいたと考えたらどうでしょう? 12巻116話で、インカㇻマッ(註:謎多きアイヌの女性)がそのような経緯について、アシㇼパに説明しています。

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12巻116話より ©野田サトル/集英社

彼はその後シベリアから樺太に渡り、アイヌ女性と結婚してウイルクが生まれます。そして父親はウイルクに、ロシアへの怒りと、大国に支配された少数者がやがて味わうことになるだろう運命を語り聞かせて育てます。

1875年の樺太千島交換条約の結果、樺太がロシア領となり、自分の村が消滅していくのを目のあたりにしたウイルクは、その父の言葉を痛切に感じたでしょう。そして大陸に渡り、極東ロシアのパルチザングループに加わったというシナリオです。

このように設定すれば、ウイルクは樺太のアイヌの村で育った、ポーランド人とアイヌのハーフということになり、アシㇼパは4分の3がアイヌで、ポーランド人の血を4分の1持つ女性ということになります。ウイルクとアシㇼパの瞳が青いのも、ウイルクがロシア皇帝暗殺に関与することになるのもすべてこれで説明できる、我ながらよいアイディアだと、今でも思っています。

ちなみに、5巻48話で土方歳三(註:元新撰組「鬼の副長」にして脱獄囚)が永倉新八(註:新撰組時代からの土方歳三の同志)に向かって、ぽつりと「のっぺらぼうは日本のアイヌじゃない」と言っています。この時点ではまだ野田先生の頭の中では、ウイルクはアムールの少数民族という設定だったはずなので、「のっぺらぼうはアイヌじゃない」と土方に言わせてもおかしくはなかったのですが、ここで「日本のアイヌじゃない」と言ってくれたおかげで、その後が無事うまくつながりました。

5巻48話より ©野田サトル/集英社
5巻48話より ©野田サトル/集英社

野田先生がよく言うように、この漫画はあらかじめ意図していたわけでもないのに、本当に奇跡的に物語の設定がうまく嚙み合って展開して行くのです。