それが正しいかどうかではなく
大事なのは選択肢を増やすこと
―― ここまでは主に「小説すばる」の表紙絵に関する裏話をお伺いしてきたのですが、一冊にまとめられた本を読むと、驚かされます。本を開くとまず飛び込んでくるのが、地球に不時着した宇宙人がこの星で暮らしていくために職探しを始める、というストーリーです。そのために訪れたのが「おしごとそうだんセンター」で、そこで働くお姉さんに紹介してもらった「めずらしいおしごと」が図鑑形式で掲載されていく。六つに分かれた図鑑パートの合間合間で、宇宙人とお姉さんによる「仕事にまつわる対話」が繰り広げられるという構成になっています。書籍化の際はこの構成を採用しよう、と最初からお考えだったんですか?
何も考えていませんでした(笑)。そもそも書籍化が前提で始まった連載ではなくて、原稿が溜まっていったところで本にしましょうというお話をいただいたんですよね。基本的には一枚一枚ばらばらの絵なので、そのまままとめると画集みたいになってしまう。せっかく本になるんだったらと、今の構成を考えました。
経緯としては、『あるかしら書店』(ポプラ社、二〇一七年)という本と一緒です。あれも元は見開き二ページの連載だったんですが、書籍化の時に「珍しい本を扱う本屋さんが、いろんな本を紹介する」という世界観を作ったんです。
――『あるかしら書店』もいわば「珍しい本」の図鑑でしたが、その合間合間に挿入される店主とお客さんのやりとりはあくまでも、図鑑パートへのイントロとして機能していました。今回の本は、対話パートと図鑑パートの関係性がだいぶ違いますよね。
仕事って何だろうとか、仕事と生きることとの関係について書かれた本ってたくさん出ていると思うんですが、その手の話っていくらでも説教臭くできてしまうんです。すごく大事な問題なので僕も真剣に向き合いたかったし、そうやって描いていったんですが、いざ「めずらしいおしごと」の図鑑パートが始まると、それまでの対話パートでの議論は台無しになる(笑)。「めずらしいおしごと」の図鑑パートは、いわば、箸休め的な感じですね。ふざけたページがたっぷり確保されているからこそ、合間合間の描き下ろし部分ではちょっと真面目なことを言っていいよね、という僕なりのバランスが作れたんです。
――「おしごとって、何?」、「どうやってえらべばいいの?」、「なりたいおしごとになれなかったら?」……。宇宙人の率直な疑問に対して、悩みながら答えていくお姉さんの言葉には何度もハッとさせられました。例えば、「そもそもおしごとって、『誰かの役に立って誰かを助けるもの』だから」。働く、ということにポジティブに向かっていける感触がありました。
絵本作家になっていろいろな活動をしていく中で、今の子供たちが真剣に未来を怖がっているというか、大人になるということにいいイメージが持てていないことを知って、大人側の人間として申し訳なさを感じていました。考えてみれば僕も子供の頃、大人になるのがイヤだったんですね。それは、働くのがイヤだったからなんですよ。仕事というものにあまりいいイメージを持っていなくて、仕事ってすごくつらくて我慢しているものなんでしょうと思っていた。もちろんそういう側面もあるんですが、大人になった今の自分だから分かることを、当時の自分に向けて伝えてみたかった。あの頃こういう本があったら僕は助かっただろうなというようなものを作ることで、今の子供たちにとってもホッとできるような何かを提案できるかもしれないと思ったんです。
―― ヨシタケさんのどの作品にも言えることですが、魅力的なロジックがたくさん盛り込まれている。そのロジックは自分自身にとってのヒントにもなりますし、例えば子供に「おしごとって、何?」「なりたいおしごとになれなかったら?」と質問されたらこう答えればいいんだ、とストックしておくこともできるなと思うんです。
今おっしゃってくださったようなことを、僕自身もやっているんです。僕には子供が二人いるんですが、日常生活の中で彼らからいろいろな質問や疑問をぶつけられます。その場その場で、いい返事をパッと思い付くことはまずないんですよ。モゴモゴしちゃうし、「いいから早く寝なさい」みたいなことを言ってはぐらかしてしまったり(笑)。親として、歯がゆい思いはすごくあります。でも、こういった本を作る過程で、いろいろな問題について時間をかけてじっくり考えることができる。そこで考えたことを自分の中にストックしておけば、いざ子供たちから質問や疑問が来た時に、ぴったり合いそうなロジックを取り出せるんですよ。
―― 本書に記録された仕事を巡るさまざまなロジックに触れて、合点がいったという人もいればびっくりする人もいると思うんです。ヨシタケさん自身、描いてみて初めて気付いたこともあったのではないでしょうか?
たくさんありましたね。自分でも思ってもみなかったような結論に行きつくのが、描いていて楽しい瞬間なんです。例えば、物語の中でお姉さんが「ボクはまだなりたいものがないからなー」と悩む宇宙人に、「べつにいいのよ! そんなものなくたって!」と言う。あれは自分でもびっくりしましたし、“言ったった!”感がありました(笑)。それが正しいかどうかではなく、一番大事なのは選択肢を増やすことですよね。それに、極端なことをぶつけられると、「いや、でも自分は……」となって自分のことを探っていけると思うんです。
後ろ向きな仕事の決め方
後付けの自分の在り方
―― 仕事のことで悩んでいる大人もすごく多いと思います。大人たちにもぜひ本書を手に取ってほしい、と強く感じました。
仕事に関しては、子供も大人も平等というか、同じだけ悩んでいる。やったことがないから悩むし、やっているから悩む。どちらに対しても、地に足の着いた希望のようなものを何かしら提案できたらなとは思っていました。その一つが、どうやって仕事を選ぶかというところの考え方でした。仕事は、なんとなくで始めちゃってもいい。僕自身の感覚として、自分に向いてない仕事を十年も二十年もできるほど、人間って丈夫じゃないんですよね。向いていないことであれば体のほうがそれを拒否するものだし、ぶつぶつ言いながらもできている、続けられているということは、その仕事は自分にフィットする部分がある証拠でもある。そういったある意味で後ろ向きな仕事の決め方、後付けで出来上がっていく自分というものの在り方は、何にも悪いことじゃないと思うんです。
―― ヨシタケさんご自身の、絵本作家という仕事に辿り着くまでの道のりはどのようなものでしたか?
僕は、四十歳で絵本作家としてデビューしたんです。半年だけ会社員をやったものの自分には組織で働くことは無理だとなって、フリーになり、「自分に向いているな」「ここにいると気持ちいいな」と思える今の仕事が見つかるまで、四十年かかっている。若いうちからこれだという自分の仕事を見つけて、第一線で活躍している人は光り輝いて見えるけれども、そればっかりじゃないんだよということは、僕自身がそうやってふらふらしてきたからこそ言わなければいけないと思っています。すぐに決めなくていいんだよ、決まるもんじゃないんだよ、と。それが天職かどうかはのちのち決めることであって、あらかじめ分かっているわけではない。十年くらい経ったところで、ひょっとしてこれが天職だったのかな、ぐらいが一番信用できると思うんです。
ただ、渦中はやっぱり悩むじゃないですか。その時に誰かが良い言い訳を提供してくれれば、もうちょっと自分を肯定しやすくなる。そういうものを、自分の本の中でたくさん作れたら嬉しいなと思っているんです。
―― 仕事のみならず人生を楽しく過ごすためのロジックも、この本からたくさんもらった気がしています。
もしも人生の分岐点で一つでも選択を間違えたら……みたいな想像って、よくするじゃないですか。でも、人生って意外とそういうものではないんじゃないか。どの道を通っても、途中でうろうろしても、最終的に辿り着く場所は同じだったりするんじゃないかなと思うんです。『ぼくはいったい どこにいるんだ』(ブロンズ新社、二〇二三年)という本の中で描いた「ぼくのみらいのちず」は、そうした考えを表現したものでした。「いま、ここ」から、この先たくさん道が枝分かれしていくけれど、どこを通ってもあなたっぽいものに収斂していくから、どこ行ってもいいんだよ、と。たくさん回り道をしていいんだよ、と。今回の本で表現したかったのも、「ぼくのみらいのちず」と同じ世界観でした。それをもっともっと、自分のためにも言っていきたいんです。
―― だから、読んでいてホッとできるんですね。
一つでも道を間違えるともうダメだとなってしまったら、失敗が怖くなるし、チャレンジができなくなるのは当然ですよね。そうではない新しい未来のイメージを、文章によってロジックで説明するだけではなく、「絵の力」も使って提案していきたい。それが僕の仕事なんじゃないかな、と思うんです。