文科省がインタビューを許可した理由

番組制作はいつも、山あり、谷あり。映画ではさらに険しい谷と山の連続でした。すでにテレビ版が存在し、キャンバスに半分ほどの絵が描かれてしまっている。

ふだんなら取材を進めるにしたがって新たな発見や驚きを軸として全体をまとめあげてゆくという手法をとる私には、前作の作品性を踏襲するという課題も、ひとつの大きな足かせに感じられ、重荷でした。

真っ白で残っているパズルのピースを埋めようとしても取材拒否の壁にぶつかり、思うように前へ進めない。閉塞する心理状態を切り抜けてゆくことにエネルギーを費やし、スリリングな状況でもあったと思います。

けれども気づけば、歴史教科書への新たな政治介入が作品の骨格を作ることになります。生きもののようなドキュメンタリーの現場にふさわしい展開です。

当初の構想にはなかった「従軍慰安婦」「強制連行」という教科書にある用語を書き換えさせる政治的動きが起きて、新聞も一部が報じました。詳しい内容は、映画で見ていただくとして、この記述変更の中身が明らかになった2021年9月初旬、文科省教科書課に正式にインタビューを申し入れました。

このインタビューが撮れるかどうかは終盤で直面したクライマックス、緊張が続く局面でした。 窓口である教科書検定第一係長を介して交渉を試みますが、「多忙を極めて受けられない」「文書で回答する」の一点張り。何度もメールや電話でやりとりしました。

確かに通常の検定作業に加え、政治的動きに対応して業務負担が増え、国会召集もあり、極めて忙しかったのでしょう。活字メディアであれば文書回答であっても影響は小さいかもしれませんが、映像メディアの場合は致命的で、諦めるわけにはいきません。

取材申し込みから1か月余りが経過しようとした時、文書回答で対応するという姿勢を貫く教科書課に対し、質問項目を列挙した文書とともに変化球を投げる気持ちで別紙を送ります。その別紙で文部審議官か初等中等教育局長にあらためてインタビューを申し込みたいと強く要請した上、次のように付記しました。

「なお、外務省の元事務次官 杉山晋輔様に教科書と外交についてインタビューをご快諾いただき、すでにインタビューを終えております。ドキュメンタリー作品の全体のバランス上、貴省にもインタビューをお受けいただきたく再度お願い申し上げます」

教科書がテーマなのに、外務官僚が出演して文部官僚が何も語らないというのは、あまりにおかしいと訴えたのです。

するとしばらくして、神山弘教科書課長がインタビューを受けると返事がありました。この時は、目の前の壁をひとつ突破したように思え、ずっと悩まされてきたひどい肩凝りが少しマシになったように感じたのでした(その後も肩凝りは続きますが……)。