5年生存率は治療効果を知る目安
前に述べたとおり、がんの治療は、がんと折り合って生きていける期間を長くすることが目標です。ですから、がんと診断された後どのぐらいの期間を生きていられたかは、治療の効果を知る大きな目安となります。指標としてよく使われるのは、がんと診断されてから5年後の生存率です。
国立がん研究センターでは、2015年から院内がん登録に基づく5年生存率を発表しています。院内がん登録とは、全国のがん診療連携拠点病院などが、がん患者さんについて全国がん登録情報よりも詳細な治療の情報を収集し、データベースに登録するしくみのことで、多くの患者さんについての情報が登録されています。
当センターでは、この情報を集めて分析しています。2023年には、2014年と2015年に440以上の病院でがんと診断された約94万人のデータを分析して得た5年生存率を発表しました。
生存率には、実測生存率、相対生存率、ネット・サバイバル(純生存率)があります。5年実測生存率は、がんと診断された人が5年後に生存している割合を計算するものです。しかし、がん患者さんであっても、他の原因で亡くなることがあるので、亡くなった人のうちどのくらいががんで亡くなったのかを見積もる必要があります。
このため、2021年の発表までは、5年相対生存率を算出していました。これは、5年実測生存率を、日本人全体で5年後に生存している人の割合(期待生存率)で割ったものです。2021年に発表した全がん(2013年と2014年にがんと診断された人)の5年相対生存率は67.5%でした。初回(2015年)に、2007年にがんと診断された人のデータを用いたときは64.3%で、その後、少しずつ上がってきています。
しかし、生存率の高いがんでは、相対生存率が100%を超えるなどの問題もあります。このため、2023年の発表からは相対生存率の代わりにネット・サバイバルを採用することになりました。
これは、期待生存率を算出することなく、純粋に「がんのみが死因となる状況」を仮定して計算するもので、国際的にも広く採用されています。2023年に発表した、2014年と2015年の全がんの5年後のネット・サバイバルは66.2%でした。ちなみに、5年相対生存率は68.2%でした。
当センターのホームページでは、院内がん登録データに基づき、臓器、ステージ、性別、年齢、手術の有無などに分けて生存率を算出し、報告書として公表しています。ただし、生存率のデータを見るときに、注意しなくてはいけない点が二つあります。
一つは、最新の5年生存率のデータは今から10年ほど前にがんと診断された人のものであり、現在の患者さんのデータではないということです。10年前にがんと診断された人は10年前の標準治療を受けていますが、現在の患者さんは現在の標準治療を受けます。
10年前には、まだ科学的な根拠が不十分で標準治療となっていなかった治療法が、現在は標準治療になっているケースはいくつもあるので、現在の患者さんの生存率は10年前とは違ってくるはずです。
もう一つ注意しなくてはいけないのは、同じ臓器の同じステージのがんでも、経過には個人差があるということです。ですから、患者さんから余命を聞かれても、何ヵ月とか何年と答えるのは難しいのです。
本章の最初でも述べたように、臨床医は、がんは一人ひとりの患者さんの体の中にあるものだという視点でがんを見ています。しかも、患者さんもがんも、刻々と変化していきます。臨床医としてがんを捉えるときの難しさはそこにあります。
図/書籍『「がん」はどうやって治すのか 科学に基づく「最良の治療」を知る』より
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