“日本のロックの夜明け”が見えてきた

しかし今でもそうだろうが、名もなきミュージシャンにお金を払ってまで聴きに来る客は数少ない。だが、ライブが終わった後の居酒屋営業では演者も打ち上げとして店に残り、朝まで酒を飲む。お客さんがそれに交わり、演者と一緒に飲むのを目当てに来店するようになる。

その結果、お客さんが入り始めて店は黒字となり、当日のライブでどんなにお客さんが少なくても居酒屋で稼いでいるので、儲けのないライブでも続けることができたのだ。私には儲からないライブをやめようという発想はなかった。

ユーミン、細野晴臣、大滝詠一らが一堂に会した伝説のライブハウス「荻窪ロフト」のオープニング・セレモニーの舞台裏とは? 「“日本のロックの夜明け”が見えてきた」_4
写真はイメージです 写真/Shutterstock.
すべての画像を見る

その一方で、当時の私は「急がなくては」と常に焦っていた。「このままうかうかしていたら、ロフトは今のロックのスピードについていけない。私たちが築いてきたロック・シーンをなんとしても先頭で切り開いていくんだ」と肝に銘じた。

毎日が熱い気持ちだった。全国から押し寄せてくる新しいバンドの斬新な演奏に感動していた。実に楽しかった。ささやかではあったが、「日本のロックの夜明け」が見えてきた。

そして荻窪ロフト誕生の3カ月後に高円寺に次郎吉、吉祥寺に曼荼羅、新宿に開拓地、約1年後に渋谷に屋根裏が誕生して首都圏におけるロック文化の礎が出来上がった。こちらから特に声をかけなくてもロフトに出演したいというバンドは全国各地からどんどん集まってくるようになった。だが、毎日ライブをやれるほどではなかった。バンドもお客さんもまだまだ少なかった。

私は断固として、店の経営を維持するために週3日限定のライブにこだわっていた。


文/平野悠

#2 坂本龍一が当時あきれたシティ・ポップブーム「売れた奴らが牛丼じゃなく六本木のステーキ屋の話をしている…」瀕死状態のロフトを救ったパンクイベント『DRIVE TO 80’s』とは

『1976年の新宿ロフト』(星海社新書) 
平野悠(著) 牧村憲一(監修)
ユーミン、細野晴臣、大滝詠一らが一堂に会した伝説のライブハウス「荻窪ロフト」のオープニング・セレモニーの舞台裏とは? 「“日本のロックの夜明け”が見えてきた」_5
2024/1/24
¥1,540 税込
224ページ
ISBN:978-4065347874
日本のロック・ミュージックが真の意味で市民権を勝ち取る前哨戦を、ライブハウス「ロフト」の創設者が回顧する壮大なクロニクル

1970年代に日本のロック・シーンはわずか数年で怒涛の如く成長し、やがて国内の音楽業界全体を席巻する存在として巨大な発展を遂げていった。この熱狂の先頭をいく気鋭の音楽家たちと常に併走してきたのが、ライブハウス「ロフト」だ。本書は、日本のロック及びフォーク界のスーパースターを育てた「聖地」の創設者である著者が、いまや伝説として語り継がれる「1976年の新宿ロフト」のエピソードを大きな軸として、日本のロック・ミュージックの長く曲がりくねった歴史を、アーティストたちの素顔や業界の生々しい実情とともに明らかにする。歌謡曲に対するカウンターカルチャーとして、ロックが市民権を得ていった軌跡を堪能してほしい。
amazon