#1 アル中のように酒を求め、日々深く酔っぱらう椎名誠と福田和也の共通点
#2 最強のボクサー、井上尚弥の〈言葉〉はなぜ面白くないのか?
仏教学の世界に風穴を開けた、ひとりの男
ウェブ空間を騒然とさせた〈仏教者〉【1】による一般書である。
清水俊史はパーリ仏教学徒だが、評者も含めて多くの者が彼の存在を知ったきっかけは、清水よりはるかに名の売れたパーリ仏教学徒である馬場紀寿(東京大学・東洋文化研究所教授)の著作への出版妨害工作が明るみに出た2021年の騒動だろう。清水は、馬場の代表的論考『上座部仏教の思想形成 ブッダからブッダゴーサへ』(春秋社)や諸論文で示された学説に大きな誤りがあると指摘し、学界で論争となっていた。
その最中、馬場への批判を含む清水の大著『上座部仏教における聖典論の研究』の刊行を準備していた大蔵出版に対して、刊行を差し止めるよう馬場が圧力をかけ、馬場の恩師である森祖道(当時、日本印度学仏教学会・理事)も、清水本人に対して〈大学教職に就きたければ出版を諦めろ〉【1】などと恫喝したことを、版元が公式サイトで告発したのである。
ブッダという男について確実な情報はごくわずか
さて、そんな気骨ある研究者が初めて上梓した一般書『ブッダという男』(ちくま新書)には、何が書かれているのか。
〈そもそもブッダという男は何者であり、何を悟り、何を語ったのであろうか。本書の目的はこれを明らかにすることである〉『ブッダという男』より引用(以下、【1】)
清水はかく言うが、同時に、ブッダにまつわる確実な情報はほとんどないとも続ける――
2500年ほど前、北インドに生を享けたシャカ族の王子は裕福な暮らしを送っていた。しかし、このままでは輪廻の苦しみから逃れられないと出家し、さまざまな修業をおこない、35歳で悟りを得てブッダとなった。その後、45年にわたる伝道の末、80歳で入滅した【2】。
確実なのは、これだけだ。そんなわけで、清水は直接ブッダを描くのではなく、インドの宗教史における「仏教の独自性」を彫琢することで、ブッダを浮き上がらせようと試みる。