「デジタル化」でモノづくり大国の地位失墜
残念ながら、このような「モノづくり大国ジャパン」の黄金期は長くは続きませんでした。
デジタル化の波がモノづくりを変え始めた1990年代半ば以降、日本の電機産業を支えてきた大手家電メーカーや光学機器メーカー、音響機器メーカー、事務機器メーカーは世界的な環境変化にうまく適応できず、国際競争力を失っていったのです。当時、『日経ビジネス』の記者として企業を取材していた私は大手家電メーカーなどの勢いが急速に落ちてきたなと感じたのを今でもよく覚えています。
1980年前後から1990年代初めにかけて、日本の大手家電メーカーなどの強さを支えていた柱の一つは、「垂直統合型」と呼ばれるモノづくりの仕組みでした。
大手家電メーカーなどは1次・2次・3次など系列の下請け部品メーカーを束ね、自らを三角形の頂点とする供給網を構築していました。そしてこの緊密で強固な供給網――いまではサプライチェーンなどと言いますね――を活かして、大手家電メーカーなどと下請けの部品メーカーが連携してモノを生産してきました。
垂直統合型のモノづくりでは、製品の開発・設計・製造の各段階で下請け部品メーカーと緊密・綿密なすり合わせができます。「ここの歯車を1ミクロン(マイクロメートル)ずらしてほしい」などと部品メーカーに注文を出し、何度もダメ出しをして要求水準を満たす部品を完成させる、といった連携による作り込みが可能だったのです。
これが高い品質と耐久性を持つ日本製のテレビやパソコン、ビデオ、オーディオなどの競争力を支えていました。日本製品は1990年代初めまではとにかく故障しないことで知られていて、世界の消費者を引き付ける魅力の一つにもなっていました。
ところが1990年代半ばに入ると状況は一変します。デジタル技術の普及によって、設計、製造段階で下請け部品メーカーと緊密なすり合わせをしなくても、高い品質と耐久性を持つ製品をつくり出せるようになったのです。
音響・映像機器を例に挙げてみましょう。1980年代に主流だったカセットプレイヤーやビデオデッキのような製品では、テープを巻き取ったりするのにメカニックすなわち機械的な機構が必要でした。これらを正確に作動・機能させ、なおかつ何千回何万回と使用しても壊れない耐久性を持たせるには繊細な加工技術や緊密なすり合わせが欠かせませんでした。
それが1990年代半ば以降のデジタル製品では一変しました。メカニックな機構がほとんどないDVDレコーダーやCDプレイヤーなどが登場し、電子部品を組み合わせるだけで高品質の音楽を再生できるようになったのです。音響・映像機器の生産には、繊細な加工技術も下請け部品メーカーとの緊密なすり合わせも必要ではなくなりました。
音響・映像機器だけではありません。1990年代半ば以降、あらゆる家電や事務機器がデジタル製品となり、繊細な加工技術や下請け部品メーカーとの緊密なすり合わせが無くても製造できるようになりました。
電子部品を組み合わせる新たなモノづくりによって、垂直統合型の緊密で強固なサプライチェーンの優位性は失われていきました。
製品メーカーは世界中の電子部品メーカーから最も適当な部品を調達し、それらをそれこそプラモデルのように組み合わせるだけで、一定の品質や耐久性を持つ製品をつくれるようになったのです。
このようなモノづくりを「水平分業型」とも言います。デジタル技術によって、モノづくりの主流は、製品メーカーが1次・2次・3次など系列の下請け部品メーカーを束ね、自らを三角形の頂点とする供給網を構築して製造していた垂直統合型から、世界中に散らばる部品メーカーから最適な部品を調達して組み立てる水平分業型へと変わっていったのです。
写真/shutterstock
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