馳知事の発言撤回のなにが問題か

木村元彦(以下同)──平尾さんは馳知事の暴露の直後に早々にXで警鐘を鳴らしたわけですが、その後の馳さん、三屋さんの対応についてはどう受けとめましたか。

平尾剛(以下同) 正直がっかりしたし危機感を感じました。プチ鹿島さんも書いておられましたが、馳さんの講演の音声データを聞くと、機密費の下りは「自分だけが秘密情報を知っている、すごいだろう」という自慢が透けて見えていました。

そしてそれ以上にショックだったのが、撤回の仕方です。それまで完全に誇らしげに言っていたのが、それ以降は一切、口を閉ざしており、その姿は痛々しくもあった。かたくなに上から止められていて、そこには自分の意思がないかのようです。

──安倍晋三首相(当時)に“カネに糸目をつけずにやれ”と言われて、領収書の要らない機密費を使ってアルバム配布の行脚をしたとあそこまで克明に語った。しかし、炎上すると行為の是非に向き合わず説明もしない。事実を踏まえて信念を持ってやったと主張するわけでもなく、誤っていたと謝罪するわけでもなく、「撤回」という抽象的な言葉ですべてを放棄したのが印象的でした。

壊れたテープレコーダーのように同じ文言をいい続ける。サッカーやラグビーで言えば時間を潰すだけの汚いプレーです。記者の後ろには市民がいるというのに、愚弄して真摯に応えようとしていない。あれを批判しないとモラルハザードが至る所で起きて、社会の土台がガタガタになると思います。

平尾剛氏(撮影/木村元彦)
平尾剛氏(撮影/木村元彦)

──平尾さんはラグビーの元日本代表の立場から、招致活動も含めてあまりに不透明な部分が大きかった東京五輪の開催そのものにずっと反対してこられました。そうしたなか、実際に去年7月以降、汚職や談合がどんどん発覚してきました。違法なスポンサー契約で逮捕者まで出たその招致活動のさらに奥が見えたような今回の暴露発言でしたが、どう受け止めましたか。

やはりな、という気持ちです。いまだに東京五輪のしっかりした検証がされていません。検証するのは本来、そこに誇りを持つべきオリンピアンたちのはずですが、むしろ覆い隠している。三屋さんの対応も「ああ、結局仲間内でかばうんだ」と思えてしまいます。フェアプレーもスポーツ理念もあったもんじゃない。

──その後、自民党安倍派のキックバックによる裏金工作がすっぱ抜かれて、そこには元五輪担当相であり、森喜朗氏が女性蔑視発言で東京五輪組織委員長を追われると後任についた橋本聖子さんの名前も挙がっていました。

橋本さんは冬季はスケート、夏季は自転車競技でオリンピックに出続けた、いわば五輪の申し子です。しかし、今回の事件は彼女が2015年に政治資金規制法に抵触していたことに続く醜聞です。疑惑が報じられてからも一切、口をつぐんでいます。オリンピアンは五輪憲章を定期的に研修などで学んでいます。公正さや他者へのリスペクトを貫く理念を全く知らないわけでない。なぜこうなってしまうのでしょうか。

橋本聖子元五輪相(Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images)
橋本聖子元五輪相(Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images)

僕自身にもそういう傾向があるのですが、スポーツをやってきた人間は身体実感への信頼が大きいんです。練習のしんどさとか充実感とか、それによって得た成果やスキル、また日常的にその現場を共有したチームメイト同士との関係性を尊重している。

しかし、五輪憲章の研修となると、学校の座学の授業と同じ感覚で「ああこれも出席しとかないとな。オリンピック憲章かあ」と、ただこなすだけとなる。いや、あなたはそれに出るんですよ、ということですよね。想像がおよばない。一方、優等生は暗記は得意だけど、理念としてしっかりと身体に入っているかどうかが問題で、つまりは頭での理解と実感を伴った体得の両方が必要なんです。今はただ研修をやっていますというアリバイにしかなっていません。