日本の貧困を本格化させた年
さて、2004年に一体何があったのかを見ていこう。
2004年4月、独立行政法人日本学生支援機構が発足して大学奨学金の有利子融資を開始した。学費を続々と値上げしながら、受益者負担の名のもとに世帯年収が低いと認められた家庭の学生と貸借契約し、借金を抱えさせるというものだった。雇用の非正規化で学生の親世帯が貧しくなり、学生は多額の借金を背負うことが常識となった。
政府は1990年代半ばから雇用の自由化をめざして、労働者派遣法の改正を繰り返していた。そして2004年3月、製造業の派遣を認めたことで非正規雇用が本格化した。日本はジェンダー指数が低い国であり、地方を中心に男尊女卑、家父長制、長男文化が根深く浸透している。女性から続々と非正規雇用に移され、労働者の低賃金が常態化した。もう一つ、2003年に開始され、2004年に激化した歌舞伎町浄化作戦である。当時の石原慎太郎都知事が警察官僚竹花豊氏を招聘し、歌舞伎町の店舗型風俗店を立て続けに叩き潰つぶした。そして、その動きは関東全域に広まった。店舗型風俗店は昭和時代から貧困女性の最後のセーフティネットとして機能したが、女性の貧困が本格化する分岐点となった2004年に潰してしまったのである。
良質な雇用を奪い、未成年の大学生に有利子負債を抱えさせ、女性たちのセーフティネットまで奪ったことで深刻な貧困の時代が幕をあけた。この副作用として起こったのが、単身女性の3人に1人が該当する女性の貧困、7人に1人の子どもの貧困、そして深刻な学生の貧困であり、大切に育てた子どもたちを最終的に売春婦にさせてしまっているという状況だ。
歌舞伎町の売春婦は、「ホス狂い」と呼ばれるホストクラブに過度に没頭する女性客が多い。政策による貧困とは違うという意見があるが、じつはそうではない。2004年から本格化した雇用の非正規化で、企業は若い女性たちを部品やコマのように扱った。雇用に身分をもうけて、若い女性たちに非正規という代替が利く低賃金労働をさせたことで、多くの女性たちは希望を失った。
希望がなければ生きてはいけない。居場所や趣味すらない非正規の女性たちが、ホストや過剰な推し活にハマった。好きな人を応援するための資金を稼ぐために、非正規の一般女性たちが続々と風俗や街娼に走っている。よって、現在大流行する一般女性の売春は、女性から希望を奪った雇用の非正規化の副作用とも言えるのだ。犯罪の一線を悠々と越えてくる貧困の深刻な現状は、日本の貧困化が本格化した2004年の分岐点に、すべてつながってくるのである。