「ねえ、あの子たち、助けてあげない?」
その頃から、カミさんは皆に「ペコ」というあだ名で呼ばれていた。
「どうしてペコって言うの?」
「鼻がペコンとしているからかしら。自分でも理由はよく分からないのよ」
そう笑う彼女の印象は“豪快”そのものだった。
実際、サバけた性格のカミさんは、俳優仲間からも一目置かれていた、外見は派手だけれど、後輩を自宅に呼んで得意の手料理を振る舞ったり、借金の世話まで焼いてあげたり。その面倒見のよさで「女親分」なんてあだ名もついていたくらいだ。
“女親分”のカミさんと“出前持ち”の僕の距離が近づいたのは、舞台の本番を控え、明け方まで歌の稽古をしていた日のこと。休憩の合図を聞き、僕はスタジオで共演者に声を掛けた。
「眠気をさますためにも、いい空気を吸いに外へ出ませんか?」
けれど、誰からも返事は聞こえない。全員、疲労困憊で座り込んでいたのだ。
「あたし、行くわ! ついでに、みんなの飲み物も買ってくるわね」
僕を気の毒に感じたのだろうか。一人だけ立ち上がってくれたのが、彼女だった。
そして僕は愛車の助手席にカミさんを乗せて、買い物をしに夜明け前の街に繰り出した。長時間の稽古中にもかかわらず、ドライブ中もよくしゃべる彼女のおかげで、車内にはおだやかなムードが流れていたが、皇居前に差しかかったとき、空気が一変した。
反対車線の歩道で、いかにも中学を卒業後に上京してきたばかりという風情の15~16歳と思しき少年二人組が、ガラの悪いチンピラ男に絡まれていたのだ。僕は気の毒だと思いながらも、その場を通り過ぎようか悩んでいたとき、彼女の声が響いた。
「ねえ、あの子たち、助けてあげない?」
その言葉を聞き終わる前に、僕は車をUターンさせていた。そして、胸ぐらをつかみながら少年に殴りかかろうとするチンピラ男の横に、車を急停車した。