仙台訛りでチンピラを撃退が、「運命の赤い糸」だった
「あのう、スミマセン。神田のほうへ行くのは、こっちでいいんですか?」
窓から身を乗り出して、チンピラ男ににこやかに尋ねるカミさん。さすが女優、堂々とした演技だ。
怪しまれないように、僕も恐る恐る後に続く。
「さっき道を聞いたおまわりさんは、ここを真っすぐって言ってたんだけどな。この道でいいんですか?」
「あぁん?あんたら神田も知らねえのか。どこから来たんだ?」
「あ、仙台がらです……」
僕はとっさに訛りながら、おふくろの故郷を口に出した。
「仙台か。しょうがねぇな、神田は反対だよ、反対」
「えっ。まだUターンすか?」
マズいぞ、このままでは会話が終わってしまう。なんとかチンピラ男の注意を引きつけている間に、少年たちを逃がさなくては―。焦った僕の気持ちを察したかのように、カミさんはまたも堂々たる演技で、訛ったまま話を続けた。
「もぉう……。まだ間違えちゃったわ。あんだ、やっぱり反対でえがったんだ」
「チッ。まったく田舎のヤツは。ここをなぁ、Uターンして真っすぐ行くと、道が二又に分かれてるから……」
カミさんの迫真の演技に上手いこと引っかかったチンピラ男は、運転席に近づいてきた。
しめた、今だ!
カミさんは、必死に少年たちに目で合図を送っている。ところが、彼らはなかなか気づかない。ハンドルを握る手から脂汗がにじみ出ていた。
ようやくカミさんの合図に気づいた少年たち。そっと駆け出して行ったのを見届け、
「そうですか、やっと分かりました! どうもありがとうございます」
僕は車を急発進させた。
残されたチンピラ男が振り返ったとき、少年たちの姿はもう、そこにはなかった。
地団太を踏むチンピラ男をバックミラーに眺めながら、僕は胸をなで下ろした。
「うまくいった……」
僕たちは、お互いの顔を見合わせて笑った。
台本がなくても、二人の息はピッタリだった。声に出さなくても、お互いの気持ちが空気を伝って分かり合えたような気がしたのだ。後で聞いたのだが、それはカミさんも同じだったのだという。
「運命の赤い糸」などというものは信じていないのだが、もし赤い糸があるならば、僕たちの小指に結ばれたのは、生まれたときでも出会ったときでもなく、このときだったのだろう。
この事件のおかげで、ただの共演者に過ぎなかった僕たちの関係は、一気に進展。すぐに交際に発展し、彼女のアパートで、こっそりとデートを重ねるようになった。