『夢二』で大正時代のエロスを描く浪漫3部作の完成
その後、当時の大スターである沢田研二と萩原健一を起用した『カポネ大いに泣く』(1985)は惨敗したものの、アニメ『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』(1985)のヒットで気を吐いた清順監督。『陽炎座』から10年、満を持して荒戸プロデューサーとともに挑んだのが、3部作の第3作となる『夢二』だった。主人公の竹久夢二には『カポネ大いに泣く』に続いて、沢田研二が起用された。
女優陣も毬谷友子、宮崎萬純、余貴美子、広田玲央名を揃え、歌舞伎の名女方・坂東玉三郎を初めて男性役で登場させた。そしてまたしても原田芳雄をジョーカー的な役柄で起用している。さらに清順監督の日活の後輩監督である長谷川和彦が殺人鬼役で出演。自作『太陽を盗んだ男』(1979)で起用した沢田研二との共演も話題となった。
清順監督によれば「『ツィゴイネルワイゼン』の主人公が学者、『陽炎座』が文士。あと残っているのは画家しかない」ということで、オリジナル脚本の『夢二』に取り組むことにしたという。浪漫3部作を通じて言えることだが、どこまでが現実で、どこからが幻想なのか曖昧な世界観が特徴。「明治と昭和の間に挟まれたエログロナンセンスの大正に惹かれる」との清順監督の言葉通り、生と死の狭間にあるエロスの世界へと観客をいざなうのだ。
アヴァンギャルドという言葉を突き抜ける
浪漫3部作は、2001年、2012年にもニュープリントで連続リバイバル公開され、その都度新たなファンを獲得してきたが、今回4Kデジタル完全修復版としての公開に際して、筆者も40数年ぶりに最初の2部作を再見した。
驚いたのはそれらの映像のシャープさで、記憶に残っていた名シーンも新たな驚きで堪能できた。具体的には、たとえば『ツィゴイネルワイゼン』。身体にじんましんが出ている大楠道代を原田芳雄が愛撫しつつ、「肉でも魚でも腐りかけが一番旨いんじゃ!」と名セリフを言うシーン。あるいは『陽炎座』で、水を張った大樽の中にいる大楠道代が口からほおずきの実をひとつ吐き出すと、みるみるうちに大量の実で樽が埋め尽くされるシーンなどだ。
『夢二』もまた、沢田研二がドッペルゲンガー的に自分の分身とすれ違ったり、後ろ姿だけで顔のわからない女性が登場するなど、意味深な視覚的仕掛けが満載。ポップな色彩とふわふわした沢田研二の軽さが、1990年代初頭の空気感を思い出させてくれる。
アヴァンギャルドという言葉が陳腐に思えるほど、突き抜けた感覚を持つ清順ワールドに、今回も新たな中毒者が生まれること必定だ。
文/谷川建司
鈴木清順監督生誕100年記念「SEIJUN RETURNS in 4K」
『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『夢二』4Kデジタル完全修復版
11月11日(土)、ユーロスペースほか全国順次公開
公式サイト: http://www.littlemore.co.jp/seijun4k/
『ツィゴイネルワイゼン』(1980) 上映時間:2時間24分/日本
出演:原田芳雄、大谷直子、藤田敏八、大楠道代、麿赤兒、樹木希林、真喜志きさ子
監督:鈴木清順 原作:内田百閒 脚本:田中陽造 撮影:永塚一栄 照明:大西美津男 美術:木村威夫、多田佳人 録音:岩田広一
音楽:河内紀 編集:神谷信武 記録:内田絢子 スチール:荒木経惟 製作:荒戸源次郎
『陽炎座』(1981) 上映時間:2時間19分/日本
出演:松田優作、大楠道代、中村嘉葎雄、加賀まりこ、原田芳雄、楠田枝里子、大友柳太朗、麿赤兒
監督:鈴木清順 原作:泉鏡花 脚本:田中陽造 撮影:永塚一栄 照明:大西美津男 美術:池谷仙克 録音:橋本文雄 音楽監督:河内紀 編集:鈴木晄 記録:内田絢子 製作:荒戸源次郎
『夢二』(1991) 上映時間:2時間8分/日本
出演:沢田研二、坂東玉三郎、毬谷友子、宮崎萬純、広田玲央名、大楠道代、原田芳雄、長谷川和彦、麿赤兒
監督:鈴木清順 脚本:田中陽造 撮影:藤澤順一 照明:上田成章 美術:池谷仙克 録音:橋本文雄 音楽:河内紀、梅林茂
編集:鈴木晄 記録:内田絢子 洋装:永沢陽一 写真:荒木経惟 製作:荒戸源次郎
4Kデジタル完全修復版監修:『ツィゴイネルワイゼン』志賀葉一、藤澤順一 『陽炎座』『夢二』藤澤順一
デジタル修復:IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
提供・配給:リトルモア 共同配給:マジックアワー