「〇〇ツーリストに参加の方はこちらに並んでください」
この日、午後1時半から始まる猿之助の初公判は同地裁425号法廷で開かれた。全42席のうち整理券を配って抽選を行う一般傍聴席の数は22。残りは司法記者クラブを対象にした記者席などに割り当てられるが、同地裁はその詳細を公表していない。
同裁判を傍聴しようと並んだ人たちは、午前10時で約50人。それが「地裁」の腕章をした係員がリストバンド(整理券)を配り始めた午前10時50分にはあっという間に1000人を超え、11時20分ごろに配り終えた整理券の総数は1033人分だった。
つまり、整理券を配り始める10時50分ごろから群がってきた集団の多くは“並び”のバイトのみなさんで、純粋に猿之助のファンだったり、事件のことを知りたいという司法マニアの人たちはもう少し前から地道に並んでいたようだ。そして、その人たちを取材しようとする多数のメディアもまたそこに陣取り、片っ端から並ぶ人たちに声をかけていた。
こうした状況になる少し前の午前10時半ごろ、道路向かいの農林水産省庁舎前には男女の列ができていた。列の先頭にはスーツ姿の男性と、トレイのようなものを持った女性が何か声をあげて説明をしており、遠目からは何かの団体の研修か、団体旅行を率いる添乗員のように見える。この列はどんどん伸びていって、あっという間に50人を超え、名簿を持った女性が「〇〇ツーリストに参加の方はこちらに並んでください」と誘導を始めた。「〇〇ツーリスト」と言ってはいるが、これこそ傍聴券を手にするためのバイトさんたちの集合だと思われる。
彼らが本当に旅行客ならばスーツケースを引いていたり、大きなバッグを持っていそうなものだが、せいぜい持っているのは手荷物ぐらい。また、友人同士のように和気あいあいとしている様子もまったくない。そうこうしているうちに、できた行列に女性がこう注意を呼びかけた。
「中には一般の参加の方や、報道の方もいます。話しかけられても適当にかわしてください」
これぞ“傍聴券整列アルバイト”確定のアナウンスともいえるが、女性やスーツ姿の男性などスタッフの誰も「報道」の腕章もしていなければ、身分証明書もぶらさげていない。あくまで団体旅行者を率いる添乗員のふりを貫き通すつもりのようだ。
また、桜田通りを挟んだ向かい側の外務省庁舎前にも別の長い列ができていた。こちらも軽装でスーツケースなどは持っていないが、きっと同様の団体なのだろう。
やがて10時45分過ぎになると、農水省前の交差点では、報道腕章をつけた男性たち数人が何やらヒソヒソ話を始めた。その中で、とあるテレビ局の腕章をした男性がインカムに向かって話す声がきれいに聞こえてきた。
「文科省前に集合させてたらクレームがきちゃって。もう敷地内にいれて並ばせちゃいましょう。とりあえず×××人」
間もなく列が動き出し、各社のカメラがそれを追う。そして、現場で立ちレポートをする男性の声が続く。
「ご覧ください。すでに、地裁前には傍聴券を求めて長い列ができています」