わたくしは戻ってきた!

「ジャパン・イズ・バック」

安倍総理が就任二カ月弱で赴いた米ワシントンでの演説が、まさにこのワン・フレーズを強烈に印象づける点に意を用いた事情は、右の成り行きに照らしてご理解いただけよう。

鳩山由紀夫氏が総理となる前、沖縄・普天間海兵隊基地を「最低でも県外」に移すと安易に約束してからというもの、同基地の辺野古移設は見通しが立たなくなっていた。

来日したバラク・オバマ大統領が自身看板政策としたTPPに関して都内で熱弁を振るっている間、鳩山総理はもう都内にいなかった。外交日程があるとて、シンガポールに飛んでいたからだ。外国から首脳を招いた立場の受け入れ国首脳がさっさといなくなるなどは、外交史に残る椿事である。

われわれは、米国ジャーナリズムに「どうしたの(ルーピー)?」とあきれられる人物を総理に戴く恥を忍んだ。

東日本大震災後、復旧のため米軍が尽力してくれたことはとりわけ日本国内で日米同盟に対する支持を増した一方、米国には、日本が果たして頼りになるか、日米同盟は強くできるか訝る向きが増えていた。東京では、毎年総理大臣が替わっていた。日本の先行きを不安視したのも、むべなるかなである。

悪夢の民主党政権時代に全消失した日米の信頼関係を一瞬で取り戻した、2012年、安倍晋三・伝説のスピーチで見せたテクニック_2

すなわち日本は対米関係という外交・安保を支える基軸にぐらつきを生じさせていた。比喩ついでに言うなら、最大安定株主の信頼を損ね、割当増資に応じてくれるか案じられる局面だった。

2013年2月22日、安倍総理は練習に練習を重ねた英語のスピーチを読み始めた。ところは、米ワシントンの中道保守系シンクタンクCSISの大会議室だ。

昨年、リチャード・アーミテージ、ジョゼフ・ナイ、マイケル・グリーンやほかのいろんな人たちが、日本についての報告を出しました。そこで彼らが問うたのは、日本はもしかして、二級国家になってしまうのだろうかということでした。アーミテージさん、わたしからお答えします。日本は今も、これからも、二級国家にはなりません。それが、ここでわたしがいちばん言いたかったことであります。繰り返して申します。わたくしは、カムバックをいたしました。日本も、そうでなくてはなりません。

この二つ目のパラグラフについては英語で掲げることを許されたい。覚えてもらいやすい文章にしてあるからだ。

Secretary Armitage, here is my answer to you. Japan is not,and will never be,a Tier-twocountry.That is the core message I am here to make. And I reiterate this by saying, I am back,and so shall Japan be.

わたくしは、戻ってきた。そのわたくしが、日本の強さを取り戻す。このわたくしに賭けて、信じてくれと、これは安倍晋三なる人物が、自身の人格を賭しての切なる訴えである。異例だ。どこの国の首脳でも、こんなふうには言わない。会場は、安倍総理にいっせいに注目した。

説得力を自身の復活と覚悟に求めようとするレトリックは、中盤でこう続く。

ですから本日は、この場で、リッチ、ジョン、マイクやお集まりのご友人、ご賓客のみなさんのもと、わたくしはひとつの誓いを立てようと思います。強い日本を、取り戻します。世界に、より一層の善をなすため、十分に強い日本を取り戻そうとしているのです。

わたくしは、なさねばならない課題を現実とするべく、総理となる機会を選挙民に与えられました。わたくしはいま毎朝、大いなる責任の意識を重々しくも醒めて受けとめ、目を覚ますのであります。


いま、アベノミクスなるものがあります。わたしが造語したのではありません。つくったのはマーケットです。これは、三本の矢からなる私の経済活性化策のことを言います。日本では、デフレがかれこれ一〇年以上続いてきました。わたしのプラン、いわゆるアベノミクスとは、まずもってこのデフレを取り除くためのものであります。

と語ったここが記録として面白いのは、まだこの時点で安倍氏には自分の政策におのれの名を冠して呼ぶことに躊躇いがあった事実を証しているところだ。

しめくくりは、あたかも「サビ」の主旋律のリフレインである。まずはスタッカートで読める短文を連ねた英語から。

The road ahead is not short.I know that. But I have made a come-back,just to do it.For  the betterment of the world, Japan should work even harder.And I know I must work  hard as well to make it happen. So ladies and gentlemen,Japan is back.Keep counting  on my country.

続いて日本語で。

前に伸びる道は短いものでないことを、わたしは承知しています。しかし、いまわたくしは、日本をそうした国とするためにこそ、カムバックをしたわけであります。世界をよりよいものとするために、日本は一層の努力をしなくてはなりません。わたしもまた、目的実現のため懸命に働かなくてはならないのです。みなさん日本は戻ってきました。わたしの国を、頼りにし続けてほしいと願うものです。

ところでこのほぼ二カ月後、麻生太郎副総理兼財務相がやはりCSISで英語のスピーチをした。冒頭のつかみはこうだ。

I am Taro Aso and I will say this.I AM BACK,too.

「アイ・アム・バック・トゥー(オレも、戻ってきたからね)」と、例のひしゃげた声で真似してご覧になるといい。安倍氏の講演がまだ耳朶に残る聴衆は、膝を叩いて喜んだことだろう。ここらは、安倍氏のスタイルにない麻生流関節外しワザである。余談だが。

安倍総理は例年九月末、国連総会に出るためニューヨークへ赴いた。合間を利用しては、金融・経済界との対話をもつことが定例化していく。