居場所はSNSにあればいい

従来は大衆的に消費されるコンテンツがあった。しかしインターネットやSNSの普及により、人々が一様に同じ関心を向ける社会から、それぞれの感性に従って消費行動を決定する社会へと変化し、人々の嗜好はより「個」の追求へと移行していった。

ざっくり言えば、みんなが好きなモノを消費する時代から、自分が好きなモノを消費する時代になったわけだ。

もちろん昔から「好きだから」消費をするのは当たり前のことなのだが、好きなモノの選択肢が「大衆に消費されているモノ」という枠のなかにあった。

だから、メインストリームで消費されていないモノを嗜好しているとそれはサブカルチャーとしてとらえられたり、奇妙な趣味を持つ人と見られてしまう傾向があったのだ。

しかし、前述した通り、例えばテレビで放送されているコンテンツという枠組みのなかで消費者が趣味の幅を広げて好きなモノを探求していた時代や、特定のセグメントが消費するモノを想定して内容が構成される雑誌のようなものからトレンドを収集していた時代は過去のものとなった。

消費者は本当に好きなモノをインターネットを通じて消費するようになり、趣味や嗜好は本当の意味で十人十色の時代に変化していったのだ。

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あわせて、コミュニティの変化も大きな要因だ。

SNSの普及によってバーチャルなつながりを持つことが大衆化し、仮に現実社会で自身を肯定してくれる人がいなくても、SNS上で自分を理解してくれる人がいればそれでいいと考える者も増えている。

前述した通り、テレビなどのマスメディアが情報や交流のフックとなるコミュニケーションツールだったころは、大衆的に消費されるモノが存在するからこそ、仲間内で話を合わせるために消費を行うことで帰属意識を高めていた。

ところがSNSのつながり(趣味のつながり)が生まれたことで、わざわざ現実社会の知人に自分を理解してもらわなくてもよいと考えるようになったのだ。

ニッチな嗜好、人に言いづらい趣味を持っていても、現実世界の人間関係に理解を求めたり、現実社会の人間に配慮しなくても、ネット上でそのニッチな消費対象を嗜好している他の消費者を見つけ、そのコミュニティに身を置くことが可能なのである。